中国京劇雑記帳

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京劇演目紹介《四郎探母》坐宮・盗令・交令・過関・巡営・見弟・見娘・見妻・哭堂・回令(楊家将演義)

2024/03/19更新

 

人気の名作!

宋代の名将・楊家の物語のひとつ

 

あらすじ等はこちら

 

 

 

第一場 坐宮  楊延輝 鉄鏡公主に素性を打ち明けて実母との再会を願う

 

 楊家の四男・楊延輝が登場。

 「桐の木が囲いに阻まれて枝葉を自由に伸ばせない…長いため息は一陣の風を随える」

 初っ端からノドの良さが披露されるところ。椅子に座り、自分の身の上を語りはじめる。

 「楊家の四男・延輝。父は継業、母は佘太君。十五年前、沙灘に来て捕えられ、太后の大恩によって斬られることなく、公主と婚姻を結ぶことになった。昨日聞いた知らせでは、母が軍糧を運んでこの北方の地に来ているという。母に一目会いたいものの、いかにして関を越えられようか。母を思うにつけてなんと胸が苦しいことか」

 母を思って泣き声をあげる楊延輝。

 その泣き声は俳優によってさまざま。「好!」と客席から声が掛かるところ。そして京胡の音色が響き始め、楊延輝は自分の心情をうたい始める。

 

楊延輝   この楊延輝 宮殿に坐し 思いふけってはため息をつく

      思い出すのはあのとき なんと痛ましい様であったことか

      私はさながら籠の中の鳥のように存分に羽ばたけず

      山を離れた虎のように孤独を味わい

      南からきた雁のように群からはぐれて

      浅瀬にいる龍のようにもがいている

      思い出すのは「双龍会」での血なまぐさい戦い

      血が河のように流れ 屍が山となった

      楊家の将軍たちはちりぢりになり

      私は捕えられ 名を変えて難を逃れた

      「楊」の字を「木」と「易」に分けて「木易」とし

      良縁に恵まれたのだった

      いま母が人馬を率いてこの北のはずれに来ている

      関を越えて母に会いたい気持ちは山々だが

      この遥かかなたに身を置く私はどうしたらよいのか

      母のことを思うとはらわたは断ち切れんばかり

      母を思って子は涙を流す

      われら母子はまみえがたい ああ母上!

      夢の中でしかお会いできることがかなわないのか

 

 途中からリズムが変わって楊延輝が悲しみをたっぷり込めて一通りうたい終わると、鉄鏡公主が登場。

 

 

鉄鏡公主  芍薬が花開き 牡丹も咲き誇って赤一色

      あでやかな春の光のもと鳥たちが鳴き競っているわ

      さあ夫と散歩に出ることにしましょう

[ふと見ると楊延輝が苦悶の顔で何か悩んでいる]

      どうしてあの人は終日眉をひそめて悩んでいるのかしら?

 

 鉄鏡公主が楊延輝に迎えられてふたり椅子に座る。

「あなたがここに来て十五年、毎日が楽しくて一日として悩みがあるようではなかったのにこの二日、いつもあなたは眉をひそめて目を曇らせているわ。もしかしたら何か気にかかることでもあるの?」

「私は別に気になっていることなどないよ。公主も気にすることはない」

「まあ、別に気になることはないですって?それじゃああなたのまだ渇いてないその涙は何?」

「これは…」

急いで涙を拭く楊延輝。

 悩みがあることを認めるものの当てるのは難しいだろうと言う楊延輝に当ててみせると鉄鏡公主。

 声高らかに公主がうたい、二人は舞台手前に置かれた椅子に腰掛ける。ここからは公主のノドが披露されるところ。

 もしかしたらお母様があなたに冷たいのかしら?わたしたち夫婦は上手くいってない?宮殿にいるのは飽きたから遊びに行きたいのでは?

 鉄鏡公主が考えている間の京胡の奏でる間奏の高音域に客席からは「好!」が飛ぶ。

 どれも違う…最後には「あなたったら浮気がしたいのね!」とふくれてそっぽを向く鉄鏡公主。

 「ああ、公主!私たちが結婚して十五年、私たちはお互いを慈しみ、まして子供まで生まれたというのに浮気なんて。こんなことを言われるなんてあんまりだ…」とまた泣き出す楊延輝。

 一体何かしら?ちょっとその辺を歩きましょうと楊延輝に促す鉄鏡公主。

 楊延輝は自分の座っていた椅子の腰掛部分に手を掛け、母のことを思ってうわの空。遠くを眺める楊延輝は、危うく椅子を倒しそうになって我に返る。そしてまた苦悶の表情で涙を拭う。その様子をじっと見ていた鉄鏡公主は突然閃く。

「あなた!いらして!私わかったわ!もしかしたら身内のことを思って気もそぞろになっているのではないの?」

 とうとう悩みを見抜いた鉄鏡公主に楊延輝は真実を打ち明けるため誓いを立てるよう促す。馴染みがなくやり方もわからないと言う鉄鏡公主。楊延輝に示された手本に従って、最初は少し茶化しながらも跪き天を仰いで誓いを立てる。

「あなた、私は誓いを立てたわ。早くお話になって」

「ああ、公主よ、私の姓を本当に『木易』だと思っているのかね?」

「え?何の冗談?あなたは誰もが知っている木易でしょ?」

「はは!違う!」

「違う…?ああ!あなたが私の国に来てからすでに十五年、違うとはどういうこと?名無しだと言うわけ?あなたが今話したことをお母様の知るところになればきっとこうおっしゃるわ!『お前の頭を落とす』って!」

「おお!」

「あなたったら私を苦しめて!」

 まだ何も話してはいないうちから涙が溢れ出す…と楊延輝がうな垂れていると、鉄鏡公主は慌てて抱えている赤子の足を外に向けている。

「ああ?!私が話をしているというのになぜ赤子の相手をしているんだね?」

「あなたはあなたのお話があるでしょうけど、この子がおしっこしていけないって道理はないでしょ?」

 鉄鏡公主は困った顔をしながら赤子と自分の服を拭く。

「ああ、公主よ!私の身内のことをよく聞いておくれ」とうたう楊延輝。

 父と母と七人の兄弟たちのこと。公主の父により催された双龍会のため沙灘に到り、長男は宋王の身代わりになって死に、次男は短剣で自決、三男は馬に踏まれて粉々に、五男は出家、六男は三関を守り、七男は政敵の謀略により全身矢を受けて息絶えた。

「私の本当の名は楊…」

 鉄鏡公主は楊延輝が話すのを遮って思わず口を押さえる。二人は辺りを見回して誰もいないことを確認する。

 

鉄鏡公主  あなた!ゆっくりおっしゃって!

楊延輝   ああ!公主よ!私の妻!私は楊四郎 名を変えたのだよ

      「楊」の字を「木易」と改め 良縁に恵まれたのだ

鉄鏡公主  まあ…

      話を聞いて驚きのあまり全身に汗が

      十五年 今日になってついに本当のことを口にされたのね

      あの楊家の将軍が名を変えて 故郷を懐かしみ身内に会えないとは

      いま改めて礼をとります

      あなたの言葉をつぶさに聞きました

      一緒にいながら至らず察しなかった私をお許しになって

 

 ここからがクライマックス。

 

楊延輝   公主よ!

      私とそなたは良き夫婦 受けた恩も浅からず

      公主よ遠慮することはないのだよ

      この楊延輝 悩みに眉をひそめ眼を曇らせる日があっても

      公主の恩は山の如く重く忘れることはないのだから

鉄鏡公主  何をおっしゃるの 夫婦の情愛は浅からず

      あなたと私は南北千里を隔てて結ばれた縁

      何の故あってか終日悩んでいるのなら

      何でもはっきりとお話になって

楊延輝   私はここ数日悩んでいたのではなく

      ただ心のうちに敢えて言えないことがあったのだよ

      両国が争うことになって

      私の母が糧食を運びにこの北の辺境の地まで来ているのだ

      公主よ もしわれら母子の対面を許してくれるなら

      来世生まれ変わってもその恩に応えよう

鉄鏡公主  なにもそこまでおっしゃることはないわ

      あなたがお母様に会いたいというのであれば私は止めません

楊延輝   公主が止めないとは言っても 令箭がないことには仕方がないのだ

鉄鏡公主  あなたに令箭を差し上げたい気持ちはあります

      ただあなたが戻って来ないことが怖いのです

楊延輝   公主が私のために令箭をくれるなら 母に一目会って即刻帰って来る

鉄鏡公主  宋の軍営はここから遥か彼方 一晩であなたは帰ってこられるの?

楊延輝   宋の軍営は遠いといっても 馬を走らせて一晩で帰ってくる!

鉄鏡公主  ではまず誓って あなた自身天に向かって仰って

 

 早いリズムの二人の見事な掛け合いが終わって「好!」の声が掛かるところ。

 

楊延輝   おお!

      公主が私に誓わせる

      私は地に跪くもし母を捜して帰らなければ…

鉄鏡公主  どうするの?

楊延輝   ふん!

      砂が顔を蓋い屍はバラバラとなろう!

鉄鏡公主  あなたの誓うのを見て私は安心しました

      あなたは宮殿に戻って着替えていらして

      令箭をとって参ります あなたは関を越えてください

 

 貫禄たっぷりに舞台を下がる鉄鏡公主。楊延輝は鉄鏡公主に恩義を感じて深深と頭を下げる。鉄鏡公主が行ったのを見送り、楊延輝は意気揚揚とうれしさをうたいあげる。京胡の音色も一気に高まり、武場の音も一段とけたたましく鳴り響き一気に盛り上がる。

 

楊延輝   公主が令箭をとって来る

      はやばやと軍営に戻り母の慈顔を拝して ここに戻ってくる!

      さあいざ関を越えん!

 

 最後に高音域で叫ぶようにうたう。客席は待っていましたとばかりにここでも「好!」が飛びまくる。老生のノドの聞かせどころ。

 こうして楊延輝は最初の様子とは打って変わって、力をみなぎらせて舞台を下がっていく。

 

鑑賞

鉄鏡公主が楊延輝の悩み事を推し当てようとする場面から

楊延輝:耿其昌 鉄鏡公主:李維康

youtu.be

 

CCTV戯曲《坐宮》楊延輝が正体を明かしたところより[1998年資料]

楊延輝:耿其昌(当時51歳) 鉄鏡公主:李維康(当時51歳)

youtu.be

 

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第二場 盗令  鉄鏡公主 母・蕭太后から令箭を貰い受ける

 

 蕭太后、貫禄たっぷりに登場。

 旗装頭でも身分が高さを示す髪型の「旗装墊子」。衣装は「旗蟒」で、首からは「朝珠」を下げている。

 この蕭太后登場のうたのくだりはききどころ。

 

太后  夫は金沙灘で早々と命を落とし

     文武の臣は我を助け 軍を掌握して国を守る

     仕える家臣を気遣い ひたすら願うは宋の支配権を奪うこと

     銀安宝殿で兵書を読んでいると誰かが挨拶に来た

 

 鉄鏡公主は服装を変えて登場。今度は宮殿に参内することから礼服である「旗蟒」を身に纏い首には「朝珠」。頭には花ではなく「旗頭簪」。その両端には「紅旗頭穂」一対が下がっている。

 

 赤子を抱えて、挨拶に来たと言って蕭太后を訪ねて来る。挨拶をしたはいいが、それ以外に他にやることもなく一旦下がる。令箭は政務を執っている机の上、目の前にあるのにどうしても近づけない雰囲気。

 さて、どうしようかしら…鉄鏡公主は頭をめぐらせ、抱えている赤子をつねった。泣き出す赤子。蕭太后はその泣き声を聞いて慌てて娘を呼び戻す。

 

太后  なぜ泣いているのか?

鉄鏡公主 お母様!

     この子はお母様の令箭で遊びたいらしいのです

     法に照らせばこの子を斬らねばなりません

     さあお母様 お斬りになって!

 

 赤子を蕭太后のほうに差し出してわめく鉄鏡公主。

 

太后  待て!

     何を道理のないことを申すのか

     他の者が欲するならば斬罪なれど

     この子は遊びたいだけであろう

 

 蕭太后は令箭を鉄鏡公主に渡そうとするが、一旦引き戻して念を押す。

 

「明日の朝には返すように」

「ありがとうございますお母様」

まんまと令箭を手に入れた鉄鏡公主。「お母様ったらひっかかったわ」にっこり笑って引き下がる。

 

 

 

第三場 交令  楊延輝 鉄鏡公主から令箭を受け取り関へ向かう

 

 楊延輝はすっかり準備を整え、鉄鏡公主の帰りを待っている。

 「紅龍箭衣」に「馬掛」を着ている。もともと狩りに適した身のこなしが軽い武将が纏う衣装。頭には吉祥文字が入った丸いにもののうえに赤いボンボンがついた「紅絨球面牌」に頭を蓋う赤い帽子「大紅風帽」。腰には宝剣を掛けている。

 はやる気持ちを押さえてうたい、そこへ令箭を手にした公主が戻って来る。おちゃめな鉄鏡公主、ちょっと驚かそうと令箭を後ろに隠して言う。

「あなた、今もどりましたわ」

「おお、お帰り!さあ、渡してくれ!」

「何を?」

「私の令箭だよ!」

「まあ、お母様とのおしゃべりに夢中になってすっかり忘れていたわ」

「ええ!?なんだって?!ああ、まったくなんてことだ…」

がっかりする楊延輝を見てにっこりしながら鉄鏡公主は言う。

「あわてないで。これはなあに?」

 鉄鏡公主がゆっくり差し出した手には令箭が。楊延輝は喜んで鉄鏡公主に礼をする。そして別れを惜しむ間もなく慌てて出かける楊延輝。

 鉄鏡公主は喜ぶ夫の顔を見てうれしい反面、早く無事に帰ってきて安心させて欲しいとうたって見送るのであった。

 

 

 

第四場 過関  楊延輝 雁門関を越える

 

 大国舅、二国舅が登場。この二人は国境警備で雁門関を守っている。やって来た楊延輝を呼び止めて令箭を確認する。

「両国間は緊張しているからしっかり警備してくれ」

 楊延輝にそう言われて素直にうなずくふたり。

 二舅男の歌声が見事で笑いを誘うところ。

 

 

 

第五場 巡営  楊延輝 甥の楊宗保が見回る宋の陣営に入る

 

 こちらは宋の陣営。楊家の六男・楊延昭の息子の楊宗保が宋営を守っている。

 楊宗保は孔雀の長い羽「翎子」を頭に頂く冠をつけた「翎子生」(小生)。手には馬鞭を持ち、「馬掛」という衣装を纏っている。

 ここは小生のノドをたっぷり堪能できるところ。

 楊延輝が登場し、宋の陣営に向かっていく。

 このとき襟首には令箭を挿し、腰には宝剣。馬鞭を振りまわし、それをポンと空に飛ばして一回転する「吊毛」という技を披露する。令箭と宝剣は堅くて危ないので実に高度な技が要求される。「好!」と声がかかるところ。

 

楊宗保と妻の穆桂英の物語はこちら

 

 

第六場 見弟  楊延輝 弟・楊延昭と会う

 

 息子の宗保が持ってきた宝剣と令箭を見て早速尋問するために呼び入れる楊延昭。

 はやる心を押さえて天幕に入る楊延輝。

 お互いが分かるまで緊張感が溢れるリズムの早いうたでやり取りされるところはききどころ。

 兄と分かるや否や、延昭は喜ぶ。そして宗保を自分の甥と知って楊家にも跡取りが出来たことに感謝する。

 この十五年のことを聞かれて「兄弟が別れて十五年…」と高音でうたいあげるところは「好!」が飛ぶところ。

 楊延輝は弟に案内されて、待望の母との再会に胸いっぱいで下がっていく。

 

 弟の楊延昭の物語はこちら

 

 

第七場 見娘  楊延輝 母・余太君と再会する

 

 母・佘太君、貫禄と威厳を静かにたたえ、八姐と九妹を傍らに引き連れて登場。

「お母様!お喜びください!兄上が帰ってこられました!」

 延昭が知らせるが、佘太君はあまりにも思いもよらないことらしく、どういうことなのかがよくわからない。

「どこの兄上だと言うのです?」

「十五年行方不明になっていた延輝兄上です!」

「あの子が!今どこに?!」

 二人は再会する。楊延輝は延昭に、佘太君は八姐と九妹に、お互い相手が当人であるかを尋ねる。本当にそうとわかると同時に叫ぶ。

「お母様!」「延輝!」

 ここで高らかに感情をうたいあげる佘太君。

 楊延輝は母に礼をする。額を擦りつけるように深深と頭を垂れたかと思うと、勢い起き上がる。ポニーテール状の髪の毛を前後に振りわますこと三回。

 蕭太后の恩で斬られることなく鉄鏡公主と結婚して子供がいること、両国間の争いでここには来られないのが残念だとうたう。そして延昭、八姐、九妹の兄弟たちに礼をする延輝。さらに、かつての自分の妻が今ここにいることを知って会いに行くのであった。

 

母・佘太君の物語はこちら

 

 

第八場 見妻  楊延輝 前妻と対面する

 

 八姐、九妹から「お兄様が帰っていらっしゃいました」と知らせをきいて喜ぶ四夫人。しかし、その喜びも束の間、向こうの公主と結婚して子供までいる、しかも戻らなければならないなんて!戻る夫に私も行きますとすがりつく四夫人。

 困り果てた楊延輝は夫人を突き放すものの、放っておくこともできない。時間ももうない。とりあえず母のいる帳へ戻る楊延輝を四夫人はあとを追いかける。

 

 

 

第九場 哭堂  再び身内との涙の別れ

 

 帰らねばと言って聞かない楊延輝のあとを追ってきた四夫人。追いついて佘太君の帳に入るや否や楊延輝に平手打ちをくらわせて佘太君に訴える(そりゃそうですよね)。 

 しかし、天に誓ったからには戻らなければならない、楊延輝は身内に涙の別れをする。皆一斉に呼び合ってうたい、引き止める。

束の間の再会  別れを惜しむ

 もうすぐ夜明け。それを知らせる太鼓が鳴る。楊延輝は約束を守るべく、いそいそと宋の陣営を去って行く。

 

 

 

第十場 回令  戻って捕えられた楊延輝は鉄鏡公主の説得のもと許される

 

 楊延輝は関にもどってきたが捕えられて、蕭太后の前に引き出される。

 蕭太后はカンカン。どういうことなのか説明を求めると、楊延輝は自分の正体を明かす。

「斬れ!」

 蕭太后は命令する。二国舅は大国舅に急いで鉄鏡公主を呼んでくるように身振りでお互い確認しあう。

 そして鉄鏡公主が登場。

 疲労と絶望で朦朧としている楊延輝、起こしにかかる大国舅に向かって「公主よ~」と泣きつく始末。

「もう、しっかりして。私はこっちよ」

「ああ、そなたは他の者に嫁ぐしかないようだ」

 鉄鏡公主はどういうことかと皇太后に問い掛けるが、

「二人で私をたばかって令箭を盗みおって!斬る!赦免せぬ!!」

と怒りまくり。

 それで二人、膝を折って一緒に願い出る。

 

楊延輝   最初に捕まえたときに私を斬るべきだったのです

鉄鏡公主  お母様、私と結婚させるべきではなかったでしょう

楊延輝   斬るのは構わないにしても

鉄鏡公主  これから誰に頼ればいいのです?

楊延輝・鉄鏡公主  ああ~

 

 二人が声を合わせてうたい、盛り上がっていたところでふと伴奏が途切れる。

「お母様~」

太后の方へ擦り寄り、ひとりアカペラでうたう楊延輝。観客からも笑いが漏れる。そこへ蕭太后、堂木をバンッと!叩いて一言。

「斬る!赦免はせぬ!!」

楊延輝、がっくりうなだれて座り込む。

 

「見てられないなあ。どうするよ。俺たちでお願いしてみるか?」

と、大国舅と二国舅が蕭太后に進言してみる。

「国舅たち、話があるなら話すがよい」

「はい!」返事をする大国舅。

「えー、木易附馬は斬首たるべきではございます、が、普段の功績をご考慮の上、どうか御赦免願います!」と二国舅。

「御開恩を!」重ねて大国舅が願い出る。

「ふん!国舅たち!」

「はい!」

「そなたたちは敢えて附馬の赦免を願うのか?」

「恐れ入ります。どうか御開恩を!」

「しばし待て」

「はい!」

「二人に聞く。附馬を関から出したのは?」

「こいつです!」二国舅を指さす大国舅。

「お前だろ!あんとき俺は休みだったぞ!」と応戦する二国舅。

「戻ってきたとき捕まえたのは?」

「俺です!」と真っ先に答える大国舅に

「いや、俺だぞ!」と言い張る二国舅。

「おほほほほほほほ…」ふたりの言い合いを見て笑い出す蕭太后

「喜んでおられるぜ」大国舅の言葉に

「見込みありそうだな」と返す二国舅。

手ごたえあるかと思いきや「だまらっしゃい!」蕭太后、一喝。

「そなたたちの頭も落とす!」慌てる国舅たち。

 

 鉄鏡公主は立ち上がって再び許しを乞うが、やはり蕭太后は許さない。

「国舅たち、もう全くいい考えが浮かばないわ。どうしたらいいの?」

「公主さま、令箭を盗み出すときの考えはどこから浮かんだんですか?」

「この子。この子よ」

「じゃあ、そこからまた考えが浮かんできませんか?」

「どんな?」

 国舅たちは狂言をするように勧める。蕭太后にとって可愛い孫を預けて、剣を首に翳して死ぬと叫ぶのだ。

「見てなさい!」

 抱いていた赤子を蕭太后の方へ投げ出すように預けて卓上にあった刀を引き抜く。

「私もう生きていけません~!死んでしまいます~!」

刀を振り回して叫ぶ鉄鏡公主。

「お待ちください!」

わざとらしく国舅たちも急いで止めるふり。

この大騒ぎに蕭太后、鶴の一声。

「騒がないで!赦す!赦す!」

「公主さま!お赦しが出ましたよ」

ピタッと動きが止まる鉄鏡公主。

「赦されたの?」

「赦されましたよ!」

「じゃあ、ここまでね」

 座り込んでいる楊延輝のもとに走り寄る大国舅と起こしにかかる鉄鏡公主。

 憔悴してフラフラとあらぬ方向へ歩き出す楊延輝に

「どこ行くんですか。こっちですよ!」と叫ぶ大国舅。

 楊延輝が下がるのを見て、ああよかった、と一安心したのも束の間。蕭太后が赤子を抱えたまま、怒りの形相。

「お赦しいただいたけど、お母様はまだ怒っていらっしゃるわ。どうしたらいいの?」

「ここはまるくおさめるためにも謝ることですな」

鉄鏡公主は舞台向かって右手から、膝を折って礼をとる、が、蕭太后はそっぽを向く。

「うまくいかないわ」

「もう一回チャレンジです」

 鉄鏡公主、今度は舞台向かって左手から挑戦。しかし、そっぽを向く蕭太后

「ああ!もう足が痛いわ」

「今度はにっこり笑顔をつけて。公主さまも太后さまもみんなも幸せで全てまるくおさまりますよ!」

「わかったわ。じゃあやってみましょう!お母様、お怒りにならないで。この通りです。お母様!」

舞台中央で蕭太后に向かって膝を折る鉄鏡公主。

「ご覧下さい。ほらほら…ほらっ!」

国舅たちのエールもあってか蕭太后はプッと噴出して笑い出す。

 鉄鏡公主は蕭太后から赤子を抱き取り、楊延輝は最初に登場したときの出で立ちで颯爽と出てきて鉄鏡公主に感謝する。お互い礼をし合って最後に蕭太后に感謝の礼をする。

「木易、これからもよく仕えなさい。もしまた自分の軍営へ行って母親に会いに行くのであれば…フフ!自分の首には注意しなさい!」

令箭を投げ出す蕭太后

「ありがとうございます!!」

ふたり手に手を取ってにっこり微笑んで幕が下りる。

 

国舅ふたり(文丑)のアドリブの利いた舞台