中国京劇雑記帳

京劇 すごく面白い

コラム マンガ「キングダム」と京劇

2023/06/07更新

 

 人気マンガ「キングダム」は戦争孤児の主人公が友の思いを背負って将軍になり、広大な中華統一を果たしていく物語です。

 「キングダム」に登場する人物は京劇でも見られます。有名なのは《将相和》という演目。主人公の信が仕える秦王・嬴政より世代が前で、秦国と対立していた趙国の将軍・廉頗と藺相如の話です。

 

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 マンガでは廉頗が豪胆を絵にかいたような姿で、藺相如は長髪のイケメンで登場しています。

 京劇では廉頗は行当(役柄)でいうと“浄”、唱(うた)だけではなく台詞や仕草などにも長けている"架子花臉"、藺相如は"老生"が演じています。

 

京劇《将相和》

 もともとあった《完璧帰趙》、《澠池会》(《連城璧》)、《廉頗負荊》の芝居をもとに、中華人民共和国建国後の1950年に戯曲作家の翁偶虹と王頡竹が改編した「老生」と「浄」が中心の芝居です。李少春と袁世海、譚富英、馬連良、裘盛戎が演じており、節回しもそれぞれ特色があります。

 

【あらすじ】

 ときは春秋戦国時代

 秦王は趙王の持つ璧と十五の城の交換を申し出つつ、実は璧を取り上げようとしていた。藺相如は璧を携えて秦に赴くが、秦王の不実を責めて璧をそのまま国に持ち帰る。

 秦王は趙王を招いて宴を開き、席上で趙王を辱めるが返って藺相如にやり返され、趙王は将軍・廉頗の迎えで無事帰途につく。

 趙王は藺相如の一連の功績を評価して宰相に封じる。不満な廉頗は藺相如が宮廷へ通う道をわざと阻んで挑発するが、藺相如は衝突を避けて戻っていく。

 秦に隙を与えないためにも和を大切に思う藺相如の真意を知った廉頗は、心から過ちを認めて藺相如に謝罪する。

 

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左が白い満髯(ヒゲ)をつけている廉頗
右が藺相如
マンガとはイメージが異なりますね

 

 「キングダム」で合従軍を率いて秦国を脅かした趙国の李牧も登場します。あらかじめ命令を受けて秦から去る藺相如を守るために迎えに来る武将で”武生”が演じます。

 追手は秦国の将軍・白起の軍。「キングダム」では六大将軍のひとりとして登場する白起は”武浄(立ち回り中心の花臉)”が演じています。白起の軍の強さに李牧の軍はかなわず引きますが、駆け付けた廉頗の軍が見事撃破します。

 ちなみに廉頗の臉譜はもともと”六分臉”という老将の典型的なものでしたが、改編にあたりピンク色の頬で高齢ながら気概は衰えていない英雄の姿をよく表しているものに変えられました。臉譜についてはまたの機会に。

 

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演目の看板 2002年2月16日 北京・人民劇場にて
マンガ「キングダム」の主要人物”李牧”の名は左の列の一番下にあります

 李少春は文武どちらの芝居も秀逸でとても人気がありました。老生は"余(叔岩)派”、武生は"楊(小楼)派”です。舞台姿がシュッとしてノドもよくて動きも良い…なんでもできるすごいひとはいつの時代もどこの分野でもいるものですね。

 

 

 袁世海との共演でこの《将相和》のほかに《野猪林》は戯曲映画として映像が残っています。わたしの留学当時では、それぞれの流れを汲む俳優の于魁智と楊赤がよく演じていました。李少春はすでに世を去っていましたが、楊赤の師である袁世海が芝居の終わりに登壇する姿がありました。

 袁世海は馬連良によく招かれて共演しており「曹操」役が特に評判です。ほかに革命現代京劇《紅灯記》の日本軍人の「鳩山」役が有名です。

 

 

 上掲の看板にもあるように、上演当時に携わった当人からの指導を受けて脚本を整理、演出をして精鋭の青年俳優たちによって再演された舞台です。

 2000年前後のこの頃は、新世紀を迎えるにあたって往年の俳優たちからの流れをつないでいくと共に、新しいものを作る動きがある華々しいときだったと感じます。