俳優が自分の本来の役柄「行当 hang dang 」とは異なる役を演じることがあります。これを「反串 fan chuan 」といいます。
これは滅多にお目にかかれません。反串の面白さは意外性にあります。一流の役者たちが遊び心満載で全く趣の異なる役柄をやるというギャップ。役者が役柄を極め、名が広く知られているからこそ楽しめる贅沢さがあります。
青衣・李佩紅の武生
初めて見たのは「九州戯苑」というテレビ番組の100回記念の収録でした。
程派（程硯秋）の青衣・李佩紅が武生、《挑滑車》の高寵を演じました。雄雄しく見事な「翻身」を披露。キリッとしてカッコイイ。もともと刀馬旦で名を馳せていただけに昔取った杵柄、実に見事です。
武生・趙永偉の花旦
そしてその逆。本来《挑滑車》の高寵を演じるべき武生・趙永偉は《拾玉鐲》の孫玉姣を演じたのです。朝が来たわ、さあ玄関を開けて、鶏を檻から出して餌をあげて、刺繍の続きを始めて、糸を切って…と、「花旦」の典型的な役です。体つきが何やらごついものの細々とした動きで可愛らしい少女でした。
花臉・楊赤の青衣
そしてさらに迫力だったのが楊赤。本来の行当（役柄）は花臉で《覇王別姫》では項羽を演じる彼、項羽の妻・虞姫の姿で登場しました。
女性役のヘアメイクには「片子」といって膠で先端を細く形作った髪の毛の束があり、こめかみから顎のラインに沿って頬に貼る過程があります。
小顔や細面の人は細く狭く、大きい顔の人は横幅を太く広く調整して貼ることで見た目の顔の面積を調節することができます。普通は左右の頬に一片ずつで二片なのですが、彼は片方二片ずつで合計四片！花臉にとってはよい条件である頬骨の張った大きい顔に合計四片貼っていました。それでも大きかったですが。
手弱女（たおやめ）の儚いイメージとは真逆のビックサイズの虞姫。
力強い高い裏声でうたいあげ、マントの端からそっと見える手の仕草は、白魚の指ならぬタラコのように太く力強い指。その型も「旦」の花の形を思わせるような「蘭花拳」ではなくこれまた「花臉」の力強さを表す「虎爪拳」。
お顔は可愛らしかったです。
第一期中国戯曲学院研究生卒業公演 反串《八蜡廟》
そして第一期の中国戯曲学院研究生卒業公演では、さらに豪華な反串を見ることができました。綺羅星の如く集った今活躍する俳優たちの最後の最後を飾る芝居が、反串《八蜡廟》です。
かつてあれほど大笑いしながら見た芝居はありません。また、あれほど観客が本来とは異なる意味で興奮していたのを見たことがありません。
実はこの公演の前に本来の行当による《八蜡廟》の公演がありました。武生の奚中路（「褚彪」役）と趙永偉（「黄天覇」役）が演じる王道です。この計らいが実に粋。
黄天覇の芝居といえば
かつて名優たちが集って演じた《八蜡廟》は、唱や武打が何かとバランスがよく入っている勧善懲悪もので「反串」にはもってこいの芝居です。客席は始まるかなり前からすでにハイテンションでした。
さて、「反串」の舞台で演じる役者たちの様子には二通りありました。
一つは、遠慮というか恥じらいというか緊張感があるタイプ。本来の性格が真面目なのでしょう。その役者本来の舞台では見られない戸惑いや不慣れながらも演じ切ろうとする姿に応援したくなります。
もう一つは、成りきってしまっているタイプ。演じる本人がいつもと違う自分を楽しんでいるようなところが伝わってきて観ている方もワクワクします。
それにしてもさすが、一流のプロフェッショナルたち。天賦の才能に恵まれているのはもちろん、小さいころからしっかり学んでいるからこそ演技ができてしまうのですね。しっかり観客を楽しませてくれた点でも皆やはり超一流。いま思い出しても本当に楽しい舞台でした。
2000年3月28日 北京・長安大戯院
中国京劇優秀青年演員研究生班卒業公演
あらすじ
清代、康熙年間。
力を頼みに悪行を尽くす費徳挙は、八蜡廟の廟会に訪れていた秦婀娜が美しいのを見て連れ去る。
秦義成の訴えを受けた官吏・施仕綸は褚彪と黄天覇たち部下に命じて解決を図る。
褚彪と親子に扮した張桂蘭は費徳挙に敢えて連れ去られるようしむけて潜入する。褚彪らは急襲して費徳挙を捕らえる。
キャスト
役名（役柄） → 俳優（本来の役柄）
費徳挙（浄） → 杜鵬（老生）
秦義成（老生）→ 李宏図（小生）
秦婀娜（青衣）→ 楊赤（浄）
秦婀娜の侍女（花旦）→ 厳慶谷（武丑）
黄天覇（武生）→ 袁慧琴（老旦）
金大力（浄） → 朱強（老生）
朱光祖（武丑）→ 張克（老生）
褚彪（老生または武生）→ 史依弘（青衣・刀馬旦）
施世綸（老生）→ 石暁亮（武丑）
張桂蘭（武旦）→ 李軍（老生）
張媽（彩旦） → 董徳光（老生）
当時の映像はこちらにありました https://youtu.be/rTQm5EHSaGo?si=WGEFKSGx7xIf7SMZ
