中国京劇雑記帳

京劇 すごく面白い

京劇演目紹介《玉堂春》

2024/05/05更新

 

あらぬの罪を着せられて想い人に裁かれる

その告発の行方は如何に

 

 

あらすじ

 明代。妓楼に売られた蘇三は最初の客として吏部尚書の息子・王金龍と知り合う。名を王金龍からもらった「玉堂春」と改め、ふたりは将来を誓い合う。しかしお金を使い果たしてしまった王金龍は、妓楼の女主人に追い出されてしまう。蘇三は王金龍に銀子を渡して郷里の南京に帰らせ、立身出世を促す。

 その後、お金に目のない妓楼の女主人は客をとろうとしない蘇三を山西の富豪・沈燕林に売り飛ばしてしまう。沈燕林の妻・皮氏は愛人と結託して沈燕林を毒殺。その罪を蘇三になすりつける。皮氏から賄賂を受け取っている縣令は、蘇三に死罪を言い渡す。

 再審議のため、蘇三は洪洞縣から太原に護送されることになる。道中自分の不幸な境遇を語る蘇三を護送役の崇公道はなぐさめる。

 太原の法廷で蘇三を裁く裁判官は王金龍そのひとであった。それを知らないまま陪審役の潘必正と劉秉義から供述を求められて答える蘇三。その場に耐えられなくなった王金龍は途中で退出。潘必正と劉秉義は王金龍と蘇三の関係を察し、判決は持ち越される。

 その夜、王金龍はひそかに蘇三を訪ねる。王金龍を牢獄でみとめた劉秉義は潘必正と審議を重ねる。真犯人の皮氏らが捕らえられて蘇三の疑いは晴れる。そして蘇三と王金龍のふたりは結ばれる。

 

ポイント

 「旦」役のうた中心で代表的な芝居。

 それぞれの流派で特色があって見比べてみると面白い。

 折子戯として《起解》の部分だけ上演されることも多く、《女起解》または《蘇三起解》ともいわれる。

 護送されるときに蘇三がうたう[西皮流水]の「低頭離了洪洞縣」のくだりは特に有名。

 《三堂会審》では、ことの真偽を調べるため審問していくくだりで昔の放蕩生活を明かされていくところに王金龍が慌てふためくのが実に滑稽。

 蘇三が護送されるところ《起解》から二人がはれて結ばれるところまでの《団圓》で《玉堂春》として上演されることが多い。

 全体として《嫖院》《廟会》《起解》《会審》《探監》《団圓》とある。

 

 

《蘇三起解》

 顔の真中を白く塗った小花臉の白髯のおじいさんが登場。

「お前さんは自分が『公道』(正義、正しい)って言う。ワシはワシで『公道』って言う。『公道』かそうじゃないかは天の神様がご存知だ」

「ワシの名は崇公道。ここ洪洞縣の護送役人。わしももう年だからと、上から女の護送をするように言われた」

 崇公道はさっそく監獄にいる蘇三を連れてくることにする。

「蘇三よ、蘇三!」と呼ばれて

「ああー!」と泣き叫ぶ声(哭頭)が幕内から聞こえて蘇三が登場。

 

 

 蘇三は赤い罪衣を着用。赤はめでたい色であると共に、罪を象徴する色でもある。日本でも結婚式で花嫁が、葬式で死人が纏う服の色が共に白色なのと通じるのかも。

 頭を藍色の布でおおい、下半身は腰包といって襞がいっぱいついた白色の布で覆われている。さらに首からは鎖がかけられている。

 再審議で護送されることを聞いた蘇三は自分の不幸な境遇をうたう。さっそく俳優のノドが披露されるところ。

「崇おじいさんが言うには、濡れ衣が晴らせるかもしれないと。思い出すのは王金龍、あの薄情な人…」

 ここの[反二黄慢板]は、悲しみをうたうときにうたわれる節。間奏も長く、じっくり聴くところ。

 法で決まっているからと、蘇三は首枷をつけるはめになる。魚の形をしていてその名も「魚枷」。舞台用に綺麗に装飾されていてそれをつけると返って華やかさが増す。

 蘇三はいったん下がり、崇公道が上司へ蘇三の護送する旨の報告をすませると、早速二人の長い道のりが始まる。この始まりの蘇三のうたはテンポよくとても有名。

 

蘇三   ああ!〈唱〉うなだれて洪洞縣を離れ この身を往来にさらす

     口を開くことなく ひどく惨めな気持ち

     通りゆく心あるお方 わたしの言葉に耳を傾けて

     どなたか南京に行きついたなら 私の愛しい人に知らせてください

     この蘇三 命を絶ち 来世犬馬に変わってもわたしは報いて還ると

 

梅蘭芳(1894-1961)の唱をどうぞ

youtu.be

 

 跪いて歩かない蘇三にどうしていかないのかと訊く崇公道。蘇三は南京へついでに自分の恋人へ手紙を持っていって欲しいから行商人に聞いてくれるように願う。しかし、三日前に皆出て行ったばかりと聞いて自分の不幸を嘆く蘇三。

 二人、道を行くと今度は崇公道が止まった。どうしたのか尋ねる蘇三に、その重い首枷をしているのは大変だろうとせめて太原の街に入るまではとそれをはずす。

「あなたはいい人ですね」

「なにがいい人なもんか。ワシはこの歳で子供のいないんだからなあ」

「まあ!こんないい人に子供がいないなんてどうして!」

「子供もいなし孫ももう手遅れさ」

 蘇三はそれなら自分を養女にと言って礼をとる。思いがけないことで崇公道はうれしがる。自分は父として何もできないからといって道中少しでも楽にと蘇三に棒を渡す。蘇三は棒を杖のようにして歩く。

 妓楼での生活を想い起こして、この今のつらい境遇にある原因となった父母、無理やり自分を連れ去った沈燕林、自分を陥れた皮氏とその愛人、買収された役人など次々と恨みがある者たちの名を挙げうたっていく。その度に、崇公道は蘇三をなだめて励ます。

 しかし最後には自分の悲しい境遇を思い返していて気持ちが盛り上がってしまったのか「洪洞縣にはいいひとなんていないわ!」と杖代わりにしていた棒をほおり投げてしまった蘇三。

怒る崇公道をなだめる蘇三

 「洪洞縣にはいい奴がひとりもいないだって?!ワシだって洪洞縣の者で洪洞縣の役人じゃ。どうせ悪人じゃよ悪人!わかった。わかったゾ。ワシは悪い奴だよ。この手に持って運んでいるお前さんの首枷をつけてやるぞ!」

 崇公道は怒り出す。しまった!と思った蘇三。怒る崇公道の肩に右手を置き、親指を突き立てた左手を崇公道のちょうど顔の前へ。

「お父さま、あなたはちがいます。いい人ですわ。ごめんなさい」

とうたいながら円を描くようにその左手をまわす。それにつられて崇公道も上半身ごと揺らす。最後にはご機嫌になって「うははははは!」と無邪気に笑い出す崇公道。

 太原の街も間近になり、枷をつけなければとなったところで蘇三は相談を持ち掛ける。無実を綴った訴状を皮氏に見つからないよう持っているがどうしたらいいかと。枷のなかに隠して法廷で判事たちに接見したときに事情を説明して見せてはと崇公道は提案する。そして二人は街へ入っていくのであった。

 

 

《三堂会審》

 王金龍が登場。行当は小生。紅蠎を身に付け、頭には烏沙帽。

 続いて劉秉義、潘必正が登場。二人は老生。劉秉義は青、潘必正は赤の官衣。衣服の色からいうと劉秉義より潘必正の方が官位は上。

 赤い帳に中央、左右に椅子とテーブル。刑の執行人が左右に並び立ち法廷ができあがる。

 まずは、護送役の崇公道が呼ばれ、報告をする。

 そして枷をつけた蘇三が登場。ものものしい雰囲気に怖がりながらも、法廷に入り跪く。

 「訴状はあるのか」「あります」「では出しなさい」「…ありません」蘇三の矛盾した受け答えに劉秉義が刑の執行を命じる籤筒に入った棒状のくじを投げようと身構える。おびえる蘇三と思わず止めに入る動きを見せる王金龍。蘇三は見つからないよう枷に隠してきた為、このままでは訴状を出せないことを弁明する。そういうことかと手を引っ込める劉と共にほっとする蘇三と王金龍のふたり。緩急の空気感が面白い。

 崇公道に首枷をはずさせ、真相をきちんと話せば死罪は免れることができると伝える。蘇三は客席の方に向いて「おききください!」と訴え始める。

 「稟(びいぃぃぃぃぃぃん)!」と小さい声から最後には高音で叫ぶように発する。これから始まるうたの手始めに聴かせる「好(ハオ)!」と声がかかるポイント。

 訴状を見ていた王金龍、ふと遮る。

「訴状には蘇三とあるが、口頭で玉堂春とはどういうことか?」

 劉秉義は再び蘇三に向かって刑の執行を命じる籤筒に入った棒状のくじを投げようと身構える。

動きを制する王金龍と蘇三

「判官さま!」

 劉秉義に向かってお待ちくだいと言わんばかりに手をかざす蘇三、驚いて止めに入りたい王金龍。皆、一瞬停止。その中、蘇三の呼びかけるうたが響く。「あ~」とうたう合間の息継ぎする瞬間、今にも投げようとする劉秉義と同時に蘇三と王が息を呑むこの場面は緊張感がありながら滑稽。

 王金龍の方をちらりと見て、くじを投げるのを止めた劉秉義は、左右に控える刑の執行人たちを下がらせる。観客も一息つくところ。

 潘必正に跪くように言われて客席に向かって跪く蘇三。早速、審議の開始。ノドの披露のはじまりはじまり。

 

潘必正  そなたにきく。玉堂春とは誰がつけた名なのだ?話せ!

蘇三   〈唱〉玉堂春はあるご子息からいただいた名でございます。

劉秉義  そなたにきく。妓楼の女主人がおまえを買ったのは何歳のときだ?話せ!

蘇三   〈唱〉妓楼の女主人が買ったのは私が七歳のときでした。

潘必正  妓楼には何年いたのだ?話せ!

蘇三   〈唱〉妓楼にはちょうど九年いました。

劉秉義  七歳で売られ、妓楼には九年、ということは十六歳か。でははじめての客は誰だ?

 

 王金龍はなんてことを聞くんだと言わんばかりに劉秉義のほうをみて、蘇三は恥ずかしくて口にしたくない様子。

 

潘必正  何と言う者だ?

蘇三   〈唱〉十六のとき…王

潘・劉  王、何だ?

 言いかけて口をつむぐ蘇三に潘、劉の二人は迫る。

 蘇三の後方であたふたする王金龍。

潘・劉  王、何だ?

蘇三   〈唱〉王…若さまでございます。

 

 蘇三が相手の名前を明かさずに上手くかわしたことで王金龍はホッとして思わずニッコリ。しかし王という姓を聞いた途端、潘・劉の二人は思わず顔を見合わせて王金龍の方を見る。王金龍はあわてて何も気に止めてないかのように訴状をわざとらしく目を通している格好をつける。

 ここで三人の机の上にある堂木という小さいものを振り下ろして「バン!」と打ち鳴らす。これは中座する合図で、音楽も止まり三人は話し合う。

 

劉秉義  姓は王というらしいですな。

潘必正  王という名字ですな。

潘・劉  なんともまあすごい偶然ですな。ははははは

 

 王金龍のほうを見てひとたび笑いあうと、机の上にある堂木を振り下ろして「バン!」と打ち鳴らす。これは停止、再開の合図。

 

劉秉義  その王とはどのような者か?話せ!

蘇三   〈唱〉吏部の三舎の方でした。

王金龍  待たれい!当法廷はお前の夫殺害の件で審問するもので、誰が妓楼のことを聞いているのだ?

潘必正  ああ、夫謀殺の件で取り調べでしたな。

王金龍  そうだ!

劉秉義  妓楼のこともきく必要があるのでは?

王金龍  そうか?

劉秉義  そうですよ。

潘必正  木は根元から生えているものですぞ。

劉秉義  水はその源から流れるのもですな。

王金龍  そういうことなら、いいですかな?

潘必正  いいでしょう。

王金龍  訊ねてもいいのですな?

劉秉義  いいですとも。

王金龍  それではきこうぞ!

 

 王、潘、劉はうなずきあって笑いあう。再び開始。

 

潘必正  その者は初めて妓楼に来たときはどれだけの銀子をもっていた?

蘇三   〈唱〉初めてお会いしたときは銀三百両、お茶一杯飲まれてすぐにお発ちになりました。

 

 音楽停止、ここでまた中座。

 

潘必正  おふたりとも。この王という者は初めて妓楼に行って銀三百両を払い、お茶一杯で立ち去るとはなんと気前のいい者ですなあ。

王金龍  うむ、太っ腹よなあ。

劉秉義  おふたりとも。何が気前のいいとか太っ腹ですか。王家にとっては明らかに不幸、家を没落させる放蕩息子ですぞ。

王金龍  んん?放蕩息子とな?

劉秉義  放蕩息子です。

 

 内心おもしろくない王金龍、「はははははは」と一緒に笑うがふてくされる。

 再び一同「話せ!」と促す。

 

蘇三   〈唱〉二回目にいらしたときは銀子三万六千両。

潘・劉  妓楼には何年いたのだ?話せ!

蘇三   〈唱〉妓楼には一年足らず、三万六千両は埃と化しました!

劉秉義  その王という者は妓楼にいること一年足らず、三万六千両も使ってしまったのか。妓楼では銀子を食い、身に纏っているのではあるまいか?

蘇三   いいえ、私はそれで物を買いました。

王金龍  そうだ、物を買ったんだ。

劉秉義  なぜ、あなたはご存知なのですか?

王金龍  ああ…この書状に書いてあるのだ。何を買ったのか訊こう。

潘・劉  はははははは

王金龍  フン!

 

 とにかく笑う。面白くないのに一緒に笑う王金龍。笑ってなんとか建前は通す悲哀。コミカルに進んでいく。

 

劉秉義  何を買ったのか言え。

蘇三   〈唱〉まずは金の盆と玉の杯

潘必正  そうめったに使えないな。

蘇三   〈唱〉翡翠の鉢に翡翠の瓶

劉秉義  そうめったに使えないだろう。

蘇三   〈唱〉南楼、北楼は若君がお造りになり、さらに百花亭まで。

潘必正  その王若さまはたくさんの銀子を使ったわけだが妓楼の女主人はどうしたのだ?

蘇三   〈唱〉女主人は意地悪く真冬の最中に若君を妓楼から追い出してしまいました。

 

 音楽も止まり、再び堂木をならして中座。

 

王金龍  うむ!その王という者は妓楼で三万六千両もの銀子を払っていたではないか。にもかかわらずなぜ真冬の最中に追い出してしまったのだ?

蘇三   わたしがしたのではございません。女主人がやったことでございます。

王金龍  まったく恨めしき女主人だ!

潘必正  胸が悪くなるばか者だ。

劉秉義  ただその若君は運がなかったのだな!はははははは

王金龍  フン!続けなさい!

 

蘇三   〈唱〉若さまは怒って妓楼を出ていかれました。

潘・劉  どこに行ったのだ?

蘇三   〈唱〉関帝廟にいらっしゃいました。

潘・劉  どうしてわかったのだ?

蘇三   〈唱〉花売りの金哥が知らせてくれて、わたしは銀子を手に恋人を探しに行きました。

劉秉義  そなたたち二人は会ってどうしたのだ?

蘇三   〈唱〉汚れていることも顧みず抱き合って、かつての情を語り合いました。

 

 劉秉義の遠慮ない問いに王金龍は「またなんてことを訊くんだ」と苦々しい顔で劉秉義の方をにらみつける。蘇三が恥ずかしがりながら答えるとともに王金龍も思わず扇子で顔を隠す。ここでまた音楽が止まって三人の語り合い。

 

潘必正  おふたりとも。この蘇三と王若さまはこう喩えられますかな。

王金龍  何に?

潘必正  黄檗樹のもとで玉琴を弾く。

王金龍  どういう意味だね?

潘必正  苦しいなかにも楽を求める。

劉秉義  ああおふたりとも。わたしはこう喩えますなあ。

王金龍  何に?

劉秉義  望郷台で牡丹を摘む。

王金龍  どういう意味かね?

劉秉義  今際の際でもかまわず花を貪る。

 

 不機嫌になる王金龍。構っていられないと、再び審議にもどる。

 

蘇三   〈唱〉若君は南京に戻るところ、追いはぎにあってしまったのです。

潘必正  おふたりとも。この王若さま、なんとも大変ですなあ。

王金龍  まことに運のない!

劉秉義  大変もなにも、放蕩息子一巻の終わりというところでしょうかな。

王金龍  フン!話せ!

蘇三   〈唱〉街でお恵みを乞うにまで落ちぶれるしかなかったのです。

潘必正  おふたりとも。この王若さま、乞食に落ちぶれるとは昔の者を思い起こさせますなあ。

王・劉  誰のことかな?

潘必正  昔、鄭儋の子・鄭元和が街で乞食をしていたが、後に状元に受かった。その若さまそれに喩えられるのもですぞ。

王金龍  うむ!そうだな!

劉秉義  ああ、おふたりとも。鄭元和は我々の大先輩、このようなものと比べられますか?だめですぞ。

王金龍  いや、いいのだ。

劉秉義  だめです!

王金龍  いいや!

 

 旋毛を曲げる王金龍を見て潘必正は扇子で遮って密かに劉秉義のほうに話し掛ける。

 

潘必正  王大人がいいといったらいいのだよ。

劉秉義  なに?王大人がいいといえばいい?!よろしい。いいです!いいです!そうですよなあ!

王・潘  話せ!

蘇三   〈唱〉夜になれば吏部で見回りです。

潘必正  なんとも気の毒なことに。

王金龍  気の毒なことよ!

劉秉義  なにが気の毒ですか。どこぞの王家の恥さらしですぞ。

王金龍  話せ!

 

 王金龍は不機嫌になる一方。

 

蘇三   〈唱〉若さまが三度目妓楼にいらしたとき、銀子を持ち去って南京へ戻りました。

王金龍  若君は銀子を使ってしまっているのに「持ち去る」とは?

蘇三   持ち去ったのではなく、わたしが贈ったのです。

王金龍  どれくらいだね?

蘇三   暗い夜でしたので計ってはおりませんが手につかめるだけ。

王金龍  どれくらいだね?

蘇三   三百両足らずでしょうか。

王金龍  おお!あの日宿で計ってみたら確かに三百両あまり。ああ!玉堂春よ!

 

 王金龍は蘇三の情に感激して思わず叫んでしまう。劉秉義、潘必正の二人にどうしたのか突っ込まれて我に返る。

 

王金龍  私は持病が。おふたり、すまないが私の変わりに続けていただけないか?

潘・劉  分かりました。もっと近くに座りましょう。

 

 王金龍は引き下がり、二人は蘇三の近くに席を移し審議を続ける。

 

資料映像 荀慧生(1900-1968)による1962年録音2001年配像

youtu.be

 

潘必正  蘇三、事実が分かってくればお前の死罪を免れることもできるが。

劉秉義  そうだ。もしそうでなければ、ごらん、王大人はまた病気になる。

蘇三   おふたりともお聞きください!

 

 ここから速いテンポでうたが繰り広げられる。

 

蘇三   〈唱〉若君が南京に行ってからは私、玉堂春は病気を装って北楼にいました。若君は志を遂げるまで人を娶らず、この玉堂春は人に死んでも人に嫁がないと心に決めていました。

潘・劉  死んでも嫁がないとは。ではなぜ山西の沈燕林に嫁いだのだ?

蘇三   〈唱〉ある日鏡に向かって髪を梳いていたところ、階下から沈燕林が若君よりも富豪ぶりを自慢するのをきいたわたしはたまらず声高に罵りました。

潘・劉  それでどうしたのだね?金に任せてお前を買ったのではあるまいか?

蘇三   〈唱〉銀子三百両、お金に目がない妓楼の女主人はわたしを売り飛ばしたのです。若君が状元に受かったと偽り、若君のために関王廟へ線香を上げに行くわたしを捕えて洪洞縣へ連れ去ったのです。

潘・劉  洪洞縣にはどれくらいいたのだね?

蘇三   〈唱〉洪洞縣にはちょうど一年。妻の皮氏は毒薬を入れた茶碗をわたしに渡すものの沈燕林がそれを一口含むや否やうめいて倒れてしまいました。鼻の穴から耳の穴から血が流れ出し、あの世へ行ってしまったのです。

潘・劉  人の命は天が定めるもの、皮氏はそうはいかなかったのだな。

蘇三   〈唱〉怒った皮氏は夫を謀殺されたと人を呼んで、わたしは法廷に引っ張られていきました。

潘・劉  最初の法廷での判決は?

蘇三   〈唱〉裁判官は丹念に審問されました。

潘必正  二番目は?

蘇三   〈唱〉二番目の法廷では様子ががらりと変わってしまいました。

劉秉義  さては賄賂を受け取ったな!

蘇三   〈唱〉縣令は千両の銀子を受け取ったのです。

潘必正  衙門は?

蘇三   〈唱〉八百両。

劉秉義  どのような審問を受けたのだ?

蘇三   〈唱〉棒で打たれること四十。

潘・劉  認めてはいけないな。

蘇三   〈唱〉私の身体は鞭で打たれました。

潘・劉  やはり認めてはいけない。

蘇三   〈唱〉私は白状しませんでした。無情の刑執行人の刑を受けたのです。

潘・劉  そうであったか。監獄にはどれくらいいたのだ?

蘇三   〈唱〉監獄にはちょうど一年。

潘・劉  訪れたものはいるのか?

蘇三   〈唱〉誰一人として私を訪ねてきた者はおりませんでした。

潘・劉  妓楼のおかみは?

蘇三   〈唱〉来ておりません。

潘・劉  お前を思いやるものは?

蘇三   〈唱〉その人たちは事情を知りません!

潘必正  その王若さまはお前を探しにこなかったのか?

蘇三   〈唱〉片時の夫婦に何の情がありましょう。

劉秉義  もし目の前に王若君がいたら、すぐに分かるかね?

蘇三   〈唱〉言うまでもありません、きっと分かります。

劉秉義  若さまが衣冠束帯の身となっていてはいたしかたあるまいな。

蘇三   〈唱〉目の前にいらっしゃるなら、もう死んでもいいです!

 

 長い訴えが終わった。王金龍も戻って来たのを見て二人は相談する。

 

劉秉義  この件は解決できませんぞ。

潘必正  なぜ?

劉秉義  取り調べれば取り調べるほど、王大人も取り調べに入らねば。

潘必正  やはりそうですかな?

劉秉義  ひとまずここまでにして、どう片をつけるか見てみましょう。

潘・劉  では退出いたす。

 

 二人は顔を見合わせてププッと噴出してその場を去る。

 蘇三はとりあえず、断罪されなかったことに胸を撫で下ろす。下がるように言われてふと見ると、壇上にいるのはひょっとしたら恋人の王金龍…?蘇三は今一度近づいて確認したいが、法廷の威厳に満ちた雰囲気が怖い。王金龍はすぐにでも蘇三に近寄って労わってやりたいが、今は開廷中、私情に走ることなどもとよりできない。

 蘇三は膝をさすりながら法廷からひとまず去るのであった。

 

 

《探監》

 劉秉義はその夜、牢獄を管理している禁婆に蘇三を訪れてくるものがあれば会わせてやるように言って密かに待つ。そこへ、訪れてきた王金龍は禁婆に取次ぎを求める。

 禁婆は彩旦が演じる。

「三姐をお呼びください」

「誰よそれ?」

「蘇三です」

「ああ、蘇三ね」

と言いながら手を差し出す。

「何ですか?」

「渡すもん渡してもらおうかしら」

お金を要求する禁婆。王金龍は驚くがお金を渡す。

「蘇三、どこだ?蘇三!!」

「ちょっと!うるさいわよ!静かにしなさい!」

あわわ、すみませんと居心地悪い王金龍。

 質素な「青褶子」を着ている蘇三が現れる。やっと再会できた二人は泣いて喜ぶ。今までのことを知らずにほっといていたことを蘇三に膝をついて謝る王金龍。

 そこへ禁婆が、劉秉義が来たと言ってあわててやってくる。王金龍はあわてて変装をする。ここはメガネをかけたりお面をかぶったりさまざまだが、劉秉義に出くわしてうたうセリフは本来使う裏声ではなく本来の地声。ものすごく怪しいがコミカルなところ。

 

 

《団圓》

 再審理の結果、真犯人は捕らえられて蘇三は冤罪が晴れる。

 そして蘇三は王金龍と晴れて結婚することになる。