中国京劇雑記帳

京劇 すごく面白い

京劇演目紹介 新編京劇連台本戯《狸猫換太子》頭本(三侠五義)上海京劇院

これぞ「海派」京劇!

ヤマネコと太子を入れ替える 権力をめぐる陰謀劇のはじまり

 

 

はじめに

 今回ご紹介する新編京劇連台本戯《狸猫換太子》は、新編歴史京劇《曹操與楊修》と並ぶ上海京劇院の名作中の名作。

 伝統的な北京の「京派」に対して、新しいものを柔軟に取り入れていく上海の「海派」の面目躍如たる上海京劇院の代表作です。

 「新編京劇連台本戯」の「連台本戯」とは連続した物語で何回かに分けて上演される長い芝居のことです。一日に数本、または一日一本ずつ何日か上演します。

 この芝居はその名の冠する通り続きものです。

 時代は北宋。清廉潔白な官吏「包拯」にまつわる話で、清代では石玉昆による小説『三侠五義』に描かれています。

 京劇《遇皇后》《打龍袍》という演目では「包拯」役の花臉と「李妃」役の老旦の唱の掛け合いが中心の芝居です。この芝居でうたわれている顛末が、この一連の物語となっています。

 新編京劇連台本戯《狸猫換太子》では写実的な背景幕や照明、舞台装置など現代の舞台美術が取り入れらており、脚本は登場人物たちの心理描写が巧みに描かれています。

 伝統劇の良さを失わず、唱腔設計や演技の味はそれぞれの行当(役柄)のそれぞれの流派の素晴らしさを踏襲しており、また役者それぞれの演技がもう本当にスゴイ!

 賞を総嘗めにしてきたすごく面白い芝居がある!と評判はかねてから耳にしていましたが、満を持して目にすることができたのが1998年12月のこと。

 今は上下の二回にまとめられていますが当時は三回に分かれていました。その当時の内容を順にご紹介したいと思います。

 

 まずは「頭本」、第一回の内容をどうぞ。映像も是非ご堪能下さい。

 

あらすじ

 ときは北宋

 事の起こりは皇帝の真宗・趙恒が出したひとつの詔だった。

「先に皇太子を産んだものを皇后にする」

 劉妃と李妃のふたりは共に子を身ごもっていたが、李妃のほうが臨月が近く、しかも男の子らしいと聞いた劉妃は焦る。

 李妃のお産に当たって身の回りのことを任された劉妃は、李妃が赤子を産み落とすや否や、取り上げた産婆を殺す。そして皮を剥いだ山猫と赤子を入れ替えて、皇帝には李妃が化け物を産んだと奏上する。

 迷信深い皇帝はお産を終えたばかりの李妃を冷宮(幽閉するための宮殿)に追放する命令を下す。

 劉妃は自身の側仕えの寇珠に、誰にも知られないようすばやく李妃の生んだ化け物を川に沈めて捨ててくるように命じる。

 寇珠が宮中の花園を急ぎ歩いていると、突然赤ん坊の泣き声が聞こえる。それは自分が持っている容器からするではないか。決して中を見てはいけないとのことだったが、寇珠は思い切って蓋を開ける。そこにはまだ臍の尾をつけた、生まれたばかりの男の子が入っていた。

 なんと可愛らしい…でもどうして?寇珠が途方にくれているところ、大内総管の陳琳が通りかかる。陳琳は皇帝の親戚にあたる八賢王・趙徳芳にもうすぐ子供が生まれるというので、皇帝の命令で祝いの品の桃を携えていくところであった。

 赤子を見た陳琳は寇珠にどういうことかと詰め寄る。しかし冠珠は忠実に命令をきいているだけでなぜこの中に赤子がいるのかはわからない。経緯を聞いた陳琳はこの赤子が李妃の産んだ皇太子だと確信する。

赤子の存在に驚く冠珠と陳琳

 とにかく宮中から連れ出そうと、桃を収めている三層の金糸の容器の一番下に赤子を隠して運び出そうとする。しかし、その途中で劉妃付きの総管・郭槐に呼び止められる。皇帝の名目で渡す大切な桃を検分せねばとのことで、劉妃のもとへ陳琳は向かうことになる。

 陳琳は早くその場を離れたい気持ちを隠して、劉妃にほめ言葉を並べてたてながら桃の入っている一層目、二層目と開ける。気をよくした劉妃は満足して去るように命じる。しかし、まだ三層目があると郭槐に指摘されて見せるよう迫られる。

 まさに三層目を開けようとしたそのとき、間一髪、寇珠があらわれる。その場で劉妃の命令通りものを捨ててきたと報告しようとする寇珠。聞かれたくない劉妃は陳琳に早く去るように命じる。

 陳琳は無事その場を逃れ、桃と赤子を入れた容器を持って八賢王の屋敷に赴く。事情を知った八賢王は劉妃に激怒して早速奏上しようとするが、皇太子の安全を思う陳琳の提案で、皇太子は生まれたばかりの八賢王の子と双子ということにして育てられることになる。

 七年後。

 劉妃は男の子を出産して皇后になったものの、その子は幼くして亡くなっていた。皇太子がいないことを懸念した皇帝は、八賢王の子供で双子のひとりを養子にする。その子は紛れもなく李妃が産んだ皇太子であった。宮廷に迎えられて立派に成長している皇太子を見て陳琳と寇珠は密かに喜ぶ。

 寇珠は劉妃の命令により皇太子に宮殿を案内する。皇太子は興味の赴くまま、寇珠が止めるのも聞かず立ち入りが禁じられている冷宮に迷い込む。

 そこには追放された李妃が幽閉されていた。李妃は七年間、ずっと自分の産んだ子のことを思ってひっそり泣き暮らしていた。

 大きくなっていれば自分ぐらいの年齢であったと聞いて気の毒に思った皇太子は李妃を慰める。寇珠は皇太子に李妃へ親子の礼をとることを勧めて、ここでのことは秘密にするよう伝える。

 冷宮の総管・秦鳳は規律に則り、皇太子が来たことを郭槐に報告する。皇太子は劉妃に冷宮に行ったことを素直に話す。しかし、皇太子と李妃は顔立ちがよく似ていると寇珠が発したという言葉を聞いた劉妃は急に疑念が生まれる。

 規律を破り報告を怠ったとして劉妃は寇珠を咎め、ほかに隠し事はないか白状するよう拷問にかける。そして陳琳を召し出し、冠珠を棒で打つように命じる。李妃と皇太子を守る為、陳琳は敢えて命令に従い寇珠はそれに耐える。覚悟を決めた寇珠は沈黙を守ったまま息絶える。

 存在が不吉極まりないという理由で李妃に死を賜るよう、劉妃は迷信深い皇帝に奏上する。それを知った陳琳は李妃のもとへ急ぎ赴き、今までのいきさつと真実をすべて話す。そして自分の腰牌(鑑札:宮殿の出入り許可証)を渡して、今はとにかく逃げるよう促す。

 すべてを聞いた冷宮の総管・秦鳳は、今まで李妃から受けた恩に報いようと自分の服を渡して李妃を逃がし、冷宮に火を放つ。焼け跡に死体がないと劉妃に怪しまれると思った秦鳳は炎の中に身を躍らせる。

 冷宮は炎に包まれて激しく燃え続けた…。

 

二本(第二話)へ続く!

 

解説

 特筆すべきは麒派ならではの特徴的な声の唱に台詞と動きが秀逸な陳少雲が演じる陳琳。梅派の青衣、刀馬旦でもある史依弘が演じる寇珠。唱に台詞回し、水袖裁きや圓場と呼ばれる足運びなど、このふたりの得意とする巧みな技が余すところなく堪能できます。

 寇珠が赤子の泣き声に気がついてから、陳琳が劉妃のもとで容器の蓋を開けていく緊迫したやりとりにいたる一連の流れが本当にハラハラさせられます。

 陳琳が劉妃から早く去るように言われてほっとしたのも束の間急に呼び止められるなど、間の緩急に観客からは声があがるほど。追い詰める劉妃、郭槐との演技のバランスが更にそれを際立てています。

 寇珠が拷問を受けて息絶えるまでの場面、足の悪い秦鳳が李妃の身代わりになるエンディングとそれぞれの必死な思いに心がうたれます。

 

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観劇データ

※1998年当時の内容をそのまま記してあります

「’98長安・天蟾京劇月」上海京劇院 演出

新編京劇連台本戯《狸猫換太子》頭本

 1998年12月26日(土)19時30分 北京・長安大戯院

 1998年12月27日(日)19時30分 北京・長安大戯院

 編劇:劉夢徳 董紹瑜 程惟湘

 導演:董紹瑜

 副導演:于永華 陳金山

 唱腔設計:金国賢 李寿成

 作曲配器:金楽華

 打撃楽設計:李朝

 布景設計:徐福徳 呉明耀

 灯光設計:孫新華

 服装・造型設計:翁麗君

 旁白配音:王瑋

 楽隊指揮:金楽華

 鼓師:李朝

 琴師:李寿成

 舞台監督:高韵洪

 劇務:倪順福

キャスト

 陳琳:陳少雲

 寇珠:史敏

 李妃(前):何蕾 李妃(後):胡璇

 劉妃:陸義萍

 郭槐:張達発 任広平

 趙禎(太子):何蕾

 八賢王:徐建忠

 秦鳳:金錫華

 寧総管:童航

 焦延貴:周春光

 陶三春:朱蕾

 王延齢:王世民

 寇準:斉寶玉

 郭安:奚維堂

 

鑑賞

新編京劇《狸猫換太子》上集(2時間28分30秒)

 陳琳:陳少雲

 寇珠:史依弘(史敏)

 李妃(前):何蕾 李妃(後):胡璇

 劉妃:熊明霞

 趙恒:唐元才

 趙徳芳:徐建忠

 郭槐:任広平

 趙禎:何蕾

 秦鳳:金錫華

 寧総管:厳慶谷

司鼓:李朝

操琴:李寿誠

楽隊指揮:金楽華

旁白配音:陳醇

 

寇珠が赤子の泣き声に驚くシーンから

もちらん最初からご覧ください!

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 こちらの動画の1時間55分50秒あたりまでが第一話の内容になります。もともと全三話で、第一話と半分ほど割愛された第二話と併せて「上集」としてまとまっています。

 

 第二話はこちら!

  第三話はこちら!