中国京劇雑記帳

京劇 すごく面白い

京劇演目紹介《白蛇伝》

2024/04/11更新

 

美しくも哀しい異類婚姻譚

 

 

あらすじ

 峨嵋山で修行していた白蛇・白素貞と青蛇・小青は人の世にあこがれて下山。人の姿となって西湖の断橋まで遊びにくる。

 雨が降って雨宿りしていたところ、許仙という若者に出会う。許仙は白素貞に傘を貸し与え、後日家に訪れることを約束する。これがもとで二人は結婚する。

 金山寺の僧侶・法海は自然の摂理に反するとして許仙に白素貞の正体は白蛇であることを明かす。そして端陽節の折に、妖怪にはてきめんの雄黄酒を飲ませるように伝える。

 許仙は迷いながらも白素貞に酒を勧める。夫婦仲を壊したくない一心でそれを飲んだ白素貞は本来の蛇の姿をさらしてしまう。それを見た許仙は、驚きのあまり死んでしまう。

 許仙の魂を引き戻すため、白素貞は崑崙山に行って霊芝を取りに行く。それを守る鶴童と鹿童と格闘となる。哀れに思った南極仙翁が霊芝を白素貞に与える。

 許仙は生き返ったが、法海の勧めで金山寺に引きこもってしまう。白素貞と小青は法海に許仙を帰してくれるよう願う。法海は許さず、天兵を呼ぶ。白素貞は水族を集めて戦うことになる。しかし、そのとき子を身ごもっていた白素貞は善戦むなしく引き下がる。

 白素貞は許仙と出会った思い出のある断橋まで逃げのびる。許仙は金山寺から逃げ出して二人を追いかけてくる。不実な許仙に怒って殺そうとする小青を白素貞はなだめ、許仙に自分の素性を話す。許仙は白素貞に詫び、変わらない気持ちを打ち明ける。夫婦の情が厚い二人を見て去ろうとする小青を白素貞は引き止めて、三人は許仙の姉の夫の家へと身を寄せることになる。

 許仙と白素貞は子供が生まれて幸せに暮らしていたところ、法海が再び現れて金鉢を使って白素貞を捕える。幼い子と許仙を残して白素貞は雷峰塔に閉じ込められてしまう。

 法海から逃げのびた小青は仙人たちを引き連れて塔神を打ち負かす。雷峰塔は崩れ落ち、白素貞は救い出される。

 

 

解説

 

《遊湖借傘》

 天堂(天国)とその美しさをたたえられる西湖。デートスポットでもあり、湖上には男女が戯れている。

 俗世間を見物に来た白素貞と小青。一見、お嬢様と小間使いのふたり。白蛇の化身である白素貞の衣装は白、妹分の青蛇・小青は青。

 かかっている橋に「断橋」という名があるのを見て、断たれていないのになぜと無邪気に言う小青。

 そこへ突然雨が降って来る。青年・許仙は柳の木の下で雨宿りしている二人を見かけて自分の傘を貸す。ついでに二人を送っていくために船を呼んで一緒に乗る。

 雨が降る中、許仙が貸した傘を小青は白素貞にさしかける。わたしはいいからそちらに、という白素貞の言うことを聞いて許仙にさしかける。すると許仙が私はいいからお嬢様に…譲りあうふたりに困った小青は二人をそばに寄せて一緒に傘に入らせる。目が合う二人。岸に着いたところで雨が止む。二人の様子を見て小青は気を利かせ、密かに神通力でまた雨を降らせて

「この傘をどうしましょう?」

と持ちかける。許仙は

「後日取りに伺いますから持っていってください」

と答えてまた遇うことを約束するのであった。

 

 

《端陽驚変》

 白素貞と許仙は結ばれて、幸せな生活を送っているところに暗雲が立ち込める。

 許仙の前に法海という和尚が突然現れて、妻は蛇の化身であり、いずれはとり殺されると不吉なことを告げる。

「端陽節に雄黄酒を飲ませてみなさい。それで正体がわかるであろう」

 それを聞いた許仙は心中複雑になる。

 白素貞は妊娠中で気分が優れないところへ、酔っ払った許仙が友人たちからの酒を一緒に飲もうと勧める。小青はそれを必死に止める。白素貞は夫婦仲を壊したくない一心で小青を引き下がらせて酒を飲む。

「髪が白くなるまで私たちは仲良くやっていこうね」

という許仙の祝い言葉にうれしさをかみしめ、よせばいいのにまた一杯。

 なんとか平静を保っていたのに身体に異変が…苦しむ白素貞。

「小青!」

「小青は下がってしまったよ。私が介抱するよ」

 白素貞は何とか帳の中へ引きこもる。

 許仙は苦しそうにしている妻を見て坊主の口車に乗って妻に無理やり酒を飲ませたのを後悔する。

「大丈夫かい?」

と湯冷ましを持って帳に入ろうとした許仙は、その中をみてビックリ仰天。杯をほおり出して身体を反らして倒れこむ(「僵屍」という技)。

「姉上!」

 小青がそれを見て急いで白素貞を呼ぶ。帳から出てきた白素貞は驚き悲しむ。

「姉上、今は悲しんでいるときではありません!」

 小青の言葉に冷静さを取り戻した白素貞は許仙の死体を小青に托して、魂を引き戻すために霊芝を取りに崑崙山に赴くのであった。

 

 

《盗仙草》

 立ち回りが中心で、白素貞と霊芝を守る鶴童・鹿童との格闘場面が見物。白素貞がうたう「高抜子」という節も軽快である。ここだけ上演されることも多い。そのときは立ち回りを主とする「武旦」が白素貞を演じる。

 

 

《金山水漫》

  ここは最も激しい戦いの場面。

 水色の波が描かれた旗を翻すことによって水の動きを表現する。蟹や亀などが出てきて天兵と戦う。トンボ返りや槍使いなどのオンパレード。

 

 

《断橋》

 ここの唱は屈指の名曲。よく上演される名場面。

 

白素貞  金山寺から逃れ怒りは烈火の如し!

 

 幕内からの唱からはじまり白素貞が登場。

 腰につけている「腰包」は体調が優れない場合に身に付けるもので、白素貞は今お腹に子を宿してる。そこへ小青が追いかけてきて、お互い嘆きあう。

 

白素貞  ああ むごいあの方!

     法海め 訳も無く波風を起こす

     あの方は裏切って この素貞をさいなむなんて

 

 お腹が痛くて歩けそうも無い白素貞を気遣い、小青は橋の袂で休むこと薦める。白素貞はここでふと気づく。

「小青、あれは断橋?!」

「はい、まさしく」

「ああ!断橋よ!あの日雨が降る中、あの方と知り合い、この橋を渡ったのを思い出す。この橋はいまも断たれてないけれど、この素貞、すでに身を引き裂かれる想いよ!」

 そう悲しみながらもまだ心のどこかで許仙を信じる白素貞に

「裏切り者に私の一太刀を浴びせてやる!」

と息巻く小青。

 そこで許仙が現れる。小青の怒髪天を衝く様子を見て自分に対して怒っていることは充分知りつつ、やつれ果てた白素貞をおもって呼び止める。

「妻よ!」

「あなた!」

「許仙!おまえは…よいところに来た!!」

 怒りに燃える小青は二刀流で剣を振りかざし、許仙を追いまわす。逃げ惑う許仙、必死で止める白素貞。

「やめなさい小青!やめなさい!」

「許仙!どこに行く!」

「妻よ助けてくれ!助けてくれえ!」

 必死で命乞いをする許仙に白素貞はふと動きを止める。

「どうして…あなたは、あなたは…あなたは今もこの私に助けをもとめるの?あなたは、あなたは…!!」

 

白素貞  あなたは無情にも私を傷つけたのよ!

     端陽節に雄黄酒を勧めて

     あなたは無情にも私を欺いたのよ!

     双星に誓ったのにあなたはまた法海に随って禅堂に入り

     あなたは無情にも 私の腹を切り裂かんばかりに

     つらい目にあわせたのよ!

     いつもの情愛は言うに及ばず

     どうしてお腹に子がいることを思いやってくれなかったの?

     あなたは無情にも私が敗れるのをただ見ていたのよ!

     憐れむべき私 神将と刀を交えて

     波を翻し 戦いの太鼓は天に鳴り響く

     あなたは何もしないで傍らで見ていただけ

     胸に手を当ててよくよく考えて御覧なさい

     あなたは妻にあわせる顔があって?

 

 どの面下げて来たと怒り狂う小青は許仙に話す隙も与えず、剣を突きつけて追い回す。

「聞いてくれ妻よ!聞いてくれ!」

「話を聞いてあげましょう」

白素貞がなだめながら小青に言う。それを聞いて許仙がホッと一息つくが、その瞬間さえも許せない怒り心頭の小青はすかさず刀を許仙の襟元に突きつけて

「話せ!!」

まさに夜叉の形相。許仙はおどおどしながら釈明を始める。

 

許仙   妻よ、小青、妻よ!

     金山に到って文殊院に留まり

     法海は妻に会うことを許さなかった

     木魚の音を聞きながら ただ賢妻を思っていたのだよ

     賢妻よ!

     安らかに眠れた夜があっただろうか?

     賢妻が金山で私を尋ねてきたものの

     すぐ近くにいながら顔を合わせることができない

     小坊主の助けを借りて 私は山より逃れ下りてきた

     昼夜分かたず家路を急ぎ 千里の道を奔走して断橋の袂まできたのだ

 

小青   フン!

     常に姉上を思うのなら なぜに禅に救いを求めた?

     姉上と法海との交戦を知って なぜ敵についていた?

     うまい言葉に誰が騙されるか!

     義理無き者に我が宝剣 龍泉をくれてやる!

 

 小青は片足を高々と掲げ、手にした剣の先を研ぐ(このシーン個人的にお気に入りです)。小青の白素貞を思う一途さが出ているところ。白素貞は殺気みなぎる小青を急いで止めに入る。

許仙に斬りかかる小青を止める白素貞

白素貞  小青よお待ちなさい龍泉の宝剣は…

     あなた 私の言葉を恐れずにしっかり聞いて

     私は俗世の女ではなく もとは峨嵋山に住む蛇の妖怪

     ただ俗世にあこがれて山を下り 小青と一緒に西湖に来たのです

     風雨の湖中にあなたと知り合い 傘を借りて共に船に乗りました

     紅楼に契りを結んで春は限りなく

     先賢にならい鎮江で薬を売ってあなたにつくしていたのに

     端陽節の酒の後 あなたの命は危うくなり

     私は仙山へ薬草を盗むのに大変な苦難を受けました

     病が癒えて心変わりをするなんて 誰が知っていたと言うの!

     あなたは法海に随って金山に行くべきではなかったのに

     帰りを待てどもあなたはもどらず

     あなたの帰りを夜明けまで待たない夜があったかしら?

     憐れむべき 私の涙は枕を遍く濡らして

     憐れむべき 鴛鴦の夢から醒めてただ愁いが増すのみ

     怒って金山寺に行ったのも ただ夫婦のよき日を

     再び取り戻したかったため

     もし小青の必死の戦いがなかったら

     お腹の子も命が危なかったわ

     小青が怒るのもしかたないこと

     誰が是か非かご自身に問うてください!

 

李維康のうたをどうぞ

1994年資料映像

youtu.be

 

「姉上は心のうちをすべてお話になった。おまえは早く法海のもとへ戻るがいい!さあ姉上、行きましょう!」

 たとえ蛇の化身でも心は変わらないと必死で謝って二人を引き止める許仙に、心を和らげて白素貞は小青をなだめる。しかし小青はおさまらない。また剣を突きつける。おびえる許仙と止めに入る白素貞。お互いの顔を見合わせるや否やふたり同時にヒックヒックと泣きだしてしまう。ここは当人たちの想いとは裏腹にコミカルで思わずクスッとしてしまうシーン。

 夫婦の情を取り戻していたわりあう二人の姿を見て、小青はやるかたなく、二人の前から去ることを決意する。

 驚いた白素貞、急いで引き止めるが小青はそっぽを向いたまま。膝を落として両手を上げて泣き叫ぶ。

「青妹!」

 白素貞を助け起こしながら、山を下りるとき生死を共にする誓いを立てたからにはやはり離れられないと思う小青。

 

小青   ただただあの許…「兄上」の愛情が確かなことを願うのみ

 

 指をさして「許仙」と呼び捨てにするところをぐっとこらえ、礼をとる姿勢に変えて「兄上」と呼んだ小青の態度に思わずホッとする許仙と白素貞。小青は断りを入れて続けてうたう。

 

小青   もしこの姉上を再び騙すようなことがあったら

     この三尺の無情の剣が誓って仇を討つぞ!

 

 許仙は決して白素貞と離れないことを小青に誓う。とりあえず許仙の姉夫婦の家に身を寄せることにして、過去のことは水に流そうと皆、金山寺のことはこれからは口にしないようにしようと話す。

 

白素貞  患難の中で身内が再び集うなんて得難いこと

     燕が泥を重ねて巣を造るように 我が家を整えましょう

     小青 私を清波門へと連れて行って

     ふと見ると依然としてあるのは

     雨を避けたあのときと同じ風景

 

 満面の笑みを浮かべる白素貞。一方の手は許仙、もう一方の手は小青がとり、三人、手を取り合って下がる。

 

 

《合鉢》

 子どもが生まれて幸せな日々。しかし、そこへまた法海が現れる(しつこい…)。金鉢の強力な神通力に捕えられた白素貞。小青に逃げるように言い、許仙と生まれて間もない子どもとの別れを悲しむ。

 

 

《倒塔》

 小青が塔神と戦って勝ち、塔が崩壊。そこから白素貞が現れる。

 

 

データ

 民間伝承として伝わるこの有名な話はさまざまな地方劇でも演じられる。

 後に劇作家であり詩人の田漢(1899-1968)によって改編。遊湖、結親、査白、説許、酒変、守山、盗草、釈疑、上山、渡江、索夫、水闘、逃山、断橋、合鉢、倒塔という形で整理されている。

 これらの見所を抜き出してそこだけ演じる(「折子戯」)のは多い。立ち回り中心の《盗仙草》や《金山水漫》、唱を聴かせる《断橋》などは頻繁に演じられる。

 田漢によって整理される前の「四大名旦」の時代は、崑曲の《金山寺》(白素貞と小青が許仙を探して法海を訪ねる)が演じられていた。

 四大名旦のひとり梅蘭芳と兪振飛、梅葆玖の映像が今でも残っている。現在は田漢の整理された形で上演されるのが多いが、「四大名旦」の流れを汲む主演の俳優によっては、その流れを踏襲して崑曲で演じられる。

 またここでは紹介していないが、《合鉢》の場面で白素貞が一家離散を悲しんでうたう「徽調」という節がある。これは比較的新しく創られたが、演唱会(何人かの俳優がいろいろな芝居、それぞれの役の聴きどころの部分をうたう)などではよくうたわれる名曲。

 唱あり立ち回りあり、白素貞はあらゆる方面で優れていなければ演じられない役柄といえる。

 

白素貞 旦

小青 花旦

許仙 小生

法海 浄または生

 

 

その他に白蛇伝に関する芝居。

 

《双蛇闘》

 人の世に憧れて下山しようとする白蛇を見初めた青蛇は婚姻を迫る。戦って白蛇が負けたら結婚、青蛇が負けたら下僕になることを条件に戦いになる。戦ううちお互いの力を認め合い、結局、白蛇が勝って青蛇がつき従ってともに下山する。

 このとき青蛇は男性。四川省の地方劇「川劇」などではこのシーンも描かれ、下僕になった青蛇は女性に変身し、金山寺で法海たちと戦いになるとき、男性になる。

 立ち回りが中心の芝居。

 

 

《盗庫銀》

 白素貞と許仙は結婚し、世のため人のために二人は薬屋を開いて生計をたてていた。小青は悪徳官吏が賄賂でためこんでいる銭塘縣の蔵に入り込み、庫神と戦って銀を盗んで来る。

 小青とつかえる鬼たちが庫神とその兵と戦う立ち回りがすばらしい武戯。

 

《祭塔》

 十数年後、成長した許仙と白素貞の子である許仕林は状元に受かる。自分の父母のことを聞かされた許仕林は雷峰塔を訪れて白素貞を祭る。束の間、白素貞は許仕林の前に現れて親子は再会する。

 四大名旦のあとに続く男旦・張君秋によって改編された唱工戯。