2024/05/10更新
はてなブログ今週のお題「名作」にちなんで新編歴史京劇の名作をご紹介します。
新しいものを柔軟に取り入れていく気風の「海派」。上海京劇院の代表作である新編歴史京劇《曹操與楊修》は名作中の名作。
こちらもぜひ 海派の名作の双璧
今回は物語をご紹介します。舞台やキャスト、制作陣などについては後日改めて。
上演を重ねるうちに改編されているところもありますが、わたくしが観劇した2000年当時の内容や脚本に沿って大体を記しています。
物語
三国時代。
失意の中、才能豊かであったが若くして世を去った軍師・郭嘉の墓を曹操が訪ねるところから物語は始まる。
「そなたがいてくれたらこのように無様に負けることもなかったであろう…」
墓前で嘆く曹操の前に楊修が現れる。
諸葛亮、周瑜のような優秀な人材がいなかったことを敗因と考える曹操は、それに匹敵する人材を各地に人をやって積極的に探していた。
世の大局を見て頭を働かせる楊修と語らううち、曹操はこの者こそ自分が求めていた人材だと感じる。
赤壁の戦いで疲弊した軍の回復をめざして計画を進めるにあたって、楊修は義兄弟の契りを結ぶほど信頼している孔聞岱という人物を推挙する。
その名を聞いた曹操は困惑する。孔聞岱の父・孔融は曹操のかつての政敵。孔融を死に追いやった自分は、言わば孔聞岱の父の仇にあたる。曹操は複雑に思うのであった。
楊修が曹操の傘下に入って三ヶ月。
曹操は臣下から孔聞岱が諸国を頻繁に歩き回っているとの報告を受けてスパイの疑いを持つ。己は死んでも後に続く者が必ずや奸臣を討つ!と叫んで死んでいった孔融に襲われる悪夢で曹操はうなされる。
疑心暗鬼に駆られた曹操は、報告のために曹操のもとへ訪れた孔聞岱を斬ってしまう。
一方、楊修のもとには江蘇や匈奴の商人たちが押しかけていた。
孔聞岱が取引の話をつけていたにもかかわらず、それから一向に音沙汰がないという。楊修はそれを利用して商談を有利に進める。
ちょうどそのとき楊修のもとへ訪ねてきた曹操は、物陰からその様子を目の当たりにする。そして孔聞岱が諸国を周遊していたのは本当に国力を充実させるための物資調達が目的だったと知り愕然とする。
後悔先にたたず…。曹操は動揺を隠しつつ、楊修の成果を大いにたたえ、褒賞として自分が身に付けていたマントを自ら楊修に手渡す。深く感じ入った楊修は、すべて孔聞岱の功績だと答える。曹操はしかたなく、孔聞岱を殺してしまったことを苦々しく打ち明ける。
驚く楊修に曹操はすかさず夢遊病が原因だと告げる。眠っているときに不幸にも孔聞岱は枕もとへ報告しに訪れた、戦場にいることの多い自分は夢うつつで敵と思い込んで殺してしまった、と。
あまりのことに呆然と立ち尽くす楊修の肩から、曹操が与えたマントがずり落ちる。曹操が拾いあげて楊修の肩に蓋い直したとき、ハッと我に返りマントを見つめる楊修の目には疑惑の光が宿っていた。
孔聞岱を手厚く葬ろうと通夜を過ごす曹操から共にどうかと聞かれた楊修は
「孔聞岱のように夢の中で殺されてはかないませんな」
と言い放つ。
曹操は自分の話した孔聞岱の死の原因を楊修が信じていないことをひしひしと感じる。
深夜、うたた寝をしている曹操にそっとマントを被せる者がいた。曹操の妻であった。
身体を気遣ってくれる優しい妻にほっとしているのも束の間、曹操は自分に掛けられているマントを見て震撼する。それは楊修に与えたものであった。楊修が置いていったと妻が言う。
自分の寝ているところに妻が来るようにしむけた楊修の真意を悟った曹操。
自分の言葉を曲げてはならない決して!曹操は断腸の思いで妻に死ぬよう願い出る。妻は涙ながらに覚悟を決めて自刎してしまう。震える手で妻の血に染まった刀を手にした曹操は声をあげて人を呼び、楊修も駆けつけてその光景に愕然とする。
「丞相!あなたは…あなたはそこまで病が篤いのですか!!」
曹操は妻の石碑を立てる命令を下し、この度の功績に対して娘の鹿鳴女を楊修に嫁がせると伝える。
赤壁の大敗から立ち直り、軍事力を充実させたと判断した曹操は楊修の反対を押し切って蜀討伐を開始する。
その道中、諸葛亮から宣戦布告の手紙が届く。その手紙には詩が綴られていた。
黄花逐水飄
二人過木橋
好景無心愛
須防歹徒刀
黄花 水に逐(したが)いて飄(ただよ)う
二人 木橋を過ぎる
好景に心愛なし
須(すべか)らく防ぐべし 歹徒(たいと)の刀
菊の花弁は水の流れを追うようにひらひらと舞う
男がふたり 木橋を渡っていく
美しい光景が心を喜ばせることはない
ならず者の刃を防がねばならぬ
読み上げられた途端、楊修はつぶやく。
「諸葛亮め、自軍を天下無敵と申すか」
詩に込められた意味を直ちに悟る楊修。他の者たちは意味が分からない。
楊修は曹操から諸将に解説するよう言われるが、なんとしてもこの遠征を思いとどまらせたい楊修は敢えて答えずに曹操に意味がわかったのか訊ねる。
「十里ほど馬に乗っている間には分かろう」
「十里を過ぎたら?」
「馬から降りてそなたの馬を牽いてやろうぞ!」
売り言葉に買い言葉。
曹操は馬に乗って行軍しながら意味を考える。
「丞相、十里を過ぎましたぞ」
「まだ十里ではないぞ」諸将は答える。
二十里を過ぎてまだ解明できない曹操は、発した言葉通り馬から降りて楊修の乗る馬の手綱をとる。楊修は恐れるどころかそのまま馬から降りない。
「なんと無礼な!」楊修の傲慢さに諸将は怒りの声をあげる。
三十里を超える頃、曹操はその意味を解明する。
”黄花”とは女、その傍らに”水”…「汝」
”二人”が”木”を渡る…「来」
”愛”から”心”をとる…「受」
”歹”徒に”刀”(匕)を並べる…「死」
「汝」「来」「受」「死」
汝来れば死を受く
ようやく諸葛亮の詩の意味を自力で解き明かした曹操に楊修は改めて退陣を勧める。しかし、その思いに反してただ曹操の怒りをかったばかりか他の臣下に鼻持ちならない印象を与える。
鹿鳴女は赤子をあやしながら天幕で楊修の帰りを待っていた。
失意の中、天幕に戻ってきた楊修。鹿鳴女に対して、当初から愛情もなく監視役として曹操に押し付けられたと感じていた不満をぶつける。しかし、鹿鳴女が自分と父の狭間で思い悩み、心から自分を気遣っていることを知り、夫婦の絆は深まる。
そこへ、将軍が楊修を訪ねてきた。
曹操に戦況をうかがうと「これと同じだ」と鶏がらのスープを指して答えたのは一帯どういう意味なのかと楊修に尋ねる。
楊修はそれを聞いて喜ぶ。鶏がらとはだしをとるだけで結局中身がないということ。この戦いには実りがないという意味だと解釈する。
うわさを聞いた兵たちは冬も近いことから喜んで撤退する準備をし始める。
自分の意に反して士気を下げた楊修に曹操は激怒し、官位を剥奪して捕えることを決める。楊修は軍師の印綬を意味もないものと放り投げ、絶望した鹿鳴女は岩に頭を打ち付けて死んでしまう。
楊修が斬られようとするとき、群臣たちはこぞって楊修の命乞いをはじめる。曹操はそこで臣下たちの心を掴んでいたのは楊修であったことを改めて思い知らされる。
人払いをしてひととき二人きりとなり、お互いの心のうちを話し合う。なぜこうなってしまったのか、志を同じくしていたはずなのに…。
突如、曹操のもとへ次々と戦況が芳しくない報告が入ってくる。
「丞相!どうか退却を!」
己のことは顧みず進言する楊修に曹操は命令する。
「斬れ!」
暗転。
雪がちらつく険しい谷を敗走していく曹操軍。
どこからか人材を求める呼び声が寒空に虚しく響く。賢人は、賢人は何処。
鑑賞
京劇映画《曹操與楊修》
初演のキャスト・尚長栄と言興朋のダブル主演です!
このふたりについてはまた改めて!
漢詩読み下しに際し、わたくしの本当に数少ない友人・りんりん様にご協力いただきました。本当にありがとうございます!