中国京劇雑記帳

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京劇演目紹介《借東風》《華容道》(三国志)赤壁の戦い[後編]

2033/11/28更新

 

三国志 赤壁の戦い

ついに決す

 

前編はこちら

 

 

あらすじ

 後漢末。皇室の力は衰える中、北方を制する曹操、江東を治める孫権荊州の地を得た劉備の三つの勢力が台頭していた。江東を攻めようとする曹操に対抗して孫権劉備と同盟を結び、長江をはさんで対峙する。

 呉の陣営では決戦を間近にして作戦会議が開かれる。老臣の黄蓋は水軍都督の周瑜にたてつく意見をする。他の臣下の魯粛らが止めに入って死刑は免れるが、黄蓋は棒で手ひどく打たれる。

 魯粛は客人の身分でありながら止めに入らない劉備の軍師・諸葛亮を責める。諸葛亮は計略であることを見抜いており、敢えてとりなさなかった。

 黄蓋周瑜を恨み投降したいという旨の手紙を闞沢に託して曹操のもとへ届ける。その場にいたスパイの蔡中、蔡和からの報告を受けて曹操は受け入れることにする。

 策士・龐統曹操の陣営を訪れる。龐統から船酔いに苦しむ北方の兵たちのため船を鉄の鎖で結ばせることを勧められて曹操は喜んで従う。やむなく劉備のもとから曹操軍に移っていた徐庶のみが火攻めのための献策であることを看破していたが、進言することなく陣営を離れる。

 諸葛亮のもとに周瑜が病気との知らせが入る。見舞いにきた諸葛亮は処方箋を書いて周瑜に見せる。そこには火攻めをするにあたり追い風がないと書かれていた。諸葛亮は必ず風を吹かせると告げて祭壇を設けて祈祷する。

 果たして諸葛亮の予告通り風が吹き、周瑜諸葛亮の才能を恐れて刺客に追わせる。全て見越していた諸葛亮は風が吹き出した途端、あらかじめ迎えに来させていた趙雲の護衛の船に乗って去っていく。

 風が吹き、黄蓋は投降すると見せかけて曹操の陣営に向かわせていた船に火を放つ。曹操の軍営は風に煽られ、鎖に結ばれた船団はみるみる炎に包まれる。

 曹操は命からがら逃げ出すが、諸葛亮が配した将軍・趙雲張飛に追われる。華容道に到って待ち受けていたのは関羽であった。かつて劉備の妻たちを守るために一時降伏した関羽を厚くもてなし、劉備の行方を追って関を破った関羽を追わなかったことに触れて曹操は命乞いをする。義理に厚い関羽曹操に道を譲って見逃す。

 

解説

上岸交箭

「都督さまにお目にかかります」

意気揚々と戻った魯粛。さっそく周瑜へ報告する。

孔明の矢作りのほうはどうなったのだ?」

「作りましてございます!」

「なに?どうやったのだ?」

「あの孔明、軍営を出てのち、一日目は慌てず、二日目も忙しくすることなく、三日目にはわが国の匠を用いることなく、ただ二十艘の船と藁の束を積んでその上に青布を張り、陣中太鼓を備えてどの船にも二十五名の漕ぎ手を乗せて四更の頃、江は濃い霧に包まれて、曹操の陣営へ行き、陣中太鼓を叩き、あの曹操に都督さまが夜討ちに来たと思わせて矢を雨のごとく降らせたのでございます。その矢は数にして十万本!お渡しいたします!」

「ああ!孔明!お前は神か?!」

「まことに神業でございますな!」

「フン!軍政司官、しっかり数えろ!」

「本当に活き仙人だ!」

 喜び称える魯粛の傍ら複雑な思いの周瑜のもとへ諸葛亮登場。

「先生にはまことに敬服いたします」

「つまらない計でございます。とるに足りませんよ」

「どうぞお酒を」

「どうぞ!」

 皆一斉に酒を嗜む。そこへ周瑜諸葛亮に再び相談を持ち掛ける。

「先生、今、曹操の百万の軍勢は三百里に連なっております。これを破るにも一朝一夕というわけにはいきません。ここは三ヶ月の軍糧を持たせて敵に備えようと思いますがいかがですか?」

「待て!」

 突然、呉の老将軍・黄蓋が遮る。

「都督どの!三ヶ月というがこれが三年でもならん。破ることができないならいっそ降った方がいい!」

「なに?!ご主君の命令ぞ!曹操と戦うと決まったからには降伏を申し出たものは斬る!」

「うるさい!わしは呉に三代に渡って仕えてきたのだ!この口先だけの青二才め!」

「この老いぼれめ!今まさに両軍が対峙しているときに!わたしを子ども扱いしたな!士気を乱しおって!斬れ!」

「あわわ!都督さま!戦を控えております。どうか黄蓋を御赦しください!」

 魯粛は慌てて止めに入るがなにぶん臣下にあたるため制しがたい。客人である諸葛亮ならば…しかしどこ吹く風、諸葛亮はまるで興味がない様子。

「どうしてこのひとはとりなしてくれないんだ!」

 絶望的な魯粛をよそに更にその場は熱を帯びる。

「周郎!斬るなら斬れ!もうお前には我慢ならん!」

「老いぼれめ!死罪は免じてやる!棒で打つこと百回!」

周瑜の怒りが鎮まるよう、臣下総出で願い出る。

「諸将の陳情で五十回にしてやる。黄蓋を追い出せ!」

 この剣幕のなか、諸葛亮はひとり手酌で飲酒を続けている。皆その場を辞した後、ただただ頭を下げ続ける魯粛諸葛亮がふたりぽつんと残される。

 

「苦肉の計」を仕掛けつつ孔明の様子をうかがう周瑜

 ふと気がついた魯粛は怒り心頭。諸葛亮に食ってかかる。

「先生!先生…先生!うぬぬぬ!ちょっと!あなた!」

「は?」

「は?じゃありませんよ!あなたは客人としていらっしゃったのですよ!都督さまが黄公を怒って責められるのをなんであなたは黙ってみているのですか!はいどうぞ、飲みました、なくなりましたってなんなんですか!」

魯粛どの、甘んじて打たれ、甘んじて責めたのです。わたしにどうしようと言うのです?」

「は?なにを好きこのんで自分から打たれる人がいるんですか?」

「これは計略ですよ」

「え?計略?」

「そうですよ」

「お聞かせください。いったいどのような?」

「『苦肉の計』を仕掛けたのですよ。受け入れた蔡中と蔡和は敵方と密かに連絡を取っていますからね」

「では今日のことは?」

黄蓋どのが苦刑を受けたのは偽りです。何も言わなくてもこの孔明はわかっておりますよ」

 

 責打された黄蓋を介抱する闞澤は『苦肉の計』であることを知り、曹操軍へ降伏する旨の書状を託されて曹操のもとへ届ける。

 周瑜のもとを訪れた龐統曹操の陣営に赴いて「連環の計」を授ける。

 決戦に向けて着々と準備が進められていく。

 

観風得病

 龐統は『連環の計』を授けたのであろうか、将台に上って確認する周瑜は重要なことに思い当たる。

「冬十一月は東風が吹くことはめったにない。ああ、なんとしたことか!北西の風は吹くが我が軍は東南に位置している。火攻めをすれば自軍を焼いてしまう。どうしたらいいのだ!」

 

魯粛請医

「いかがなされたのです?そんなにあわてて」

 諸葛亮に呼び止められる魯粛

あやや先生!都督さまが急病になってしまいました。もし今曹操が攻めてきたらどうしたらいいのですか!」

「まあまあ落ち着いて。都督どのの病気はこのわたくしが治しましょう」

「え?あなたは病気を診られるんですか?」

「医者より有能ですよ」

「からかわないでください。都督さまの病気を治されるならこの魯粛お礼いたします。さあこちらへ!」

「彼は心の病で薬は要らぬ、わたしが妙なる方法で治して差し上げますよ」

 

 諸葛亮を連れて周瑜のもとを訪ねてきた魯粛

「都督さまご気分はいかがですか?」

「胸が痛い。眩暈がする」

孔明が都督さまの病気を治せるというのですが」

「はやくよんでくれ」

「どうぞ」

 諸葛亮が招き入れられる。

「病は気から。すっきりする薬が必要ですな。わたくしが処方いたします。どうぞ服用してくだされ」

「お願いします」

「紙と筆を」

 諸葛亮が何やら書き記し始める。

「何を書いておられるのか?」

「病気の原因です」

 魯粛がのぞこうとする。

「見ないでください」

諸葛亮は制して周瑜に渡す。

「どれどれ。『曹兵を破らんと欲すれば、須らく火を用いて攻めるべし。万事具に備えるも、ただ東風を欠くのみ』…はははははは」

 読み上げて笑い出す周瑜

「都督さま、いかがなされた?」

「治ったぞ!」

「うわ!まことに仙人のようですな!ははははは」

 周瑜の悩みを看破した諸葛亮

「先生、何か良い策はありますか?」

「わたくしは不才ながら法に通じておりまして風雨を呼べるのです。都督どの、もし東風を欲するなら南屏山に台を築いて『七星壇』と名づけ、わたくしに剣を持たせて台に上らしめ、風を祭らせてください。三日三晩、風が吹かせます」

「三日三晩と言わなくても一日でも東風が吹けばきっと成功する。しかしいつその風が吹くのだ?」

「甲子の日に吹き始め、丙虎の日には収まります」

「よし!ではお願いいたす」

「かしこまりました」

 諸葛亮が退出した後、周瑜魯粛に命じる。

魯粛、七星壇を作れ!急げよ!」

「かしこまりました!」

丁奉、徐盛入れ!」

「はい!」

「南屏山に伏兵を置いて東風が吹いたら直ちに孔明の首級をあげよ!」

「かしこまりました!」

 周瑜の下した命令を聞いて驚く魯粛

「都督さま!まだ曹操を破ってはおりませんのに孔明を殺すなどといかなる了見ですか?」

孔明を殺すのは曹操の百万の兵を倒すにも匹敵することだ!わからないのか?孔明を殺さなければ江南の害となる。たとえ翼があるとてこの災いからは逃れられぬぞ!」

 周瑜が去った後、魯粛のひとりごち。

周瑜公瑾、まったく度量の小さいことよ。このわたしも眉間にしわを寄せてしまう。孔明孔明!今度ばかりはわたしも助けられぬぞ!」

 

借東風

 ここはこの芝居の最大のききどころ。

 

 

諸葛亮   天書を習い兵法を学ぶ たなごころを返すが如く

      祭壇を設け東風を利用して周郎を手助けする

      曹操は天下を飲む勢いで兵や将軍は実に多い

      人馬を率いて江南に下り 長江にあり

      孫権は策もなくどうしたらいいか決めかねていたところ

      東呉の文武両官は皆降伏を勧める

      魯粛は江夏に至り実情を探りに来た

      この私 諸葛亮を招いて長江を渡ってきた

      曹操を破ろうと心を同じくして共に相談するために

      あの龐統は連環の計を授け準備は整った

      火を用いて東風をもって攻めようとする

      私は甲子の日に東風が必ず吹くことを予見し

      南山で祭壇をつくり祈っている

      私は手に法剣を持ち 七星壇に上る

 

      この諸葛亮 祭壇に上り四方を見渡す

      江北を望めば鎖によってつながれた船団が

      東風が吹くことをひたすら祈り 船団を焼き払い

      曹操軍の将兵たちはどこにも逃げ場がない

      この網の中から逃げ出す好機を逃してはならない

      この諸葛亮 見せかけに空を見上げて祈祷する

 

      耳に聞こえてくるのは東から降りてくる風の声

      折りに乗じて夏口へ戻ることにしよう

 

      東風が吹いた これでことはなるであろう

      この機に乗じて夏口に戻ろう 兵を整えてまた事を構えねば

      周瑜周瑜!そなたの心配事も無駄であったな!

      守壇童子よどこだ?衣を換えるぞ

 

京劇《借東風》の場面から 張学津が演じる諸葛亮

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 周瑜から諸葛亮を斬るよう命じられた丁奉、徐盛が呼び止める。

「先生お戻りください!」

「都督どのはお許しになるまい。孫、劉両家が共に曹操を討つのに水を差してはならん。さあ帰ろう!」

 諸葛亮はあらかじめ迎えに来させていた劉備に仕える武将・趙雲の船に乗って去っていく。

 

焼戦船

「蔡中、蔡和参れ!二人に借りたいものがある」

「なんでしょうか?」

「このものたちを捕らえよ!」

 周瑜の命令でふたりは突然捕らえられる。

「都督さま!どう言うわけでございますか?」

「旗印が必要でな。おまえたちの首を使いたい!」

「われらは軍律を犯してはおりません!」

「フン!おまえたちが降ってきたのは偽りであろう!」

甘寧黄蓋、闞澤もこちらの陰謀に荷担しているぞ!」

「ははははは、あれはわたしが図った計略だ!斬れ!」

 

 一方、曹操の陣営。

「戦舟を鎖でつなぎ、長江を渡るのもまるで平地と同じよう、我が将兵は病もなくなり意気揚揚、みるからにあの周郎の命もここまで、黄蓋がはやく投降してこないか」

 黄蓋の船が曹操の陣営に迫ってくるのを見た文聘が進言する。

「丞相!黄蓋はどうもあやしいです!」

「なぜだ?」

「糧食を積んで重いはずの船が軽く浮かんでおります!今夜は東向きの風が強い。もしはかりごとであれば一大事であります!」

「しまった!急いで阻止せよ!」

「かしこまりました!」

「丞相からの命令だ!その船、陣中に入ること許さぬ!」

 黄蓋はすかさず矢を射て、火をつけた船を進ませる。風に煽られて曹操陣営の船団は火に包まれていくのであった。

 

 敗残兵たちと武将の毛玠、于禁夏侯惇曹洪張遼、許褚、文聘、張郃が武器を手に曹操と共に逃避行。

 「あの周瑜のやつが火攻めをするとは、はらわたが煮え繰り返るようだ!我が将兵は逃げ場がまったくない。あつい!あつい!ここは何処だ?」

「烏林でございます!」

 地名を聞いて急に笑い出す曹操

「丞相なぜ笑われるのですか?」

「あの周瑜は兵をよく用いることもできん。わしならここに兵を潜めておく!助かった」

趙雲ここにあり!」

 曹操が喜んだのも束の間、劉備に仕える武将・趙雲の兵が襲い掛かる。

「うわわ逃げろ!!」

 命からがら逃げる曹操

 

「だいぶ走ったな。ここはどこだ?」

「葫芦口でございます」

「ははははは」

 笑い出した曹操張遼と許褚が進言する。

「丞相、さきほどの烏林でお笑いになって趙雲が出てきました。また笑われては不吉でございます!」

趙雲はわしが笑ったから出てきたのか?わしが笑うのは諸葛亮の智謀の足らなさよ。もしわしならここに兵を潜めて襲わせる。やれやれ助かった」

張飛ここにあり!」

「あわわ逃げろ!」

 息をつく間もなく諸葛亮の配した劉備の義弟・張飛の兵が攻めてくる。曹操は慌てて逃げだす。

 

華容道

 関羽、登場。

 関平周倉を傍らに率いていざ、華容道へ。

 一方、曹操。苦しい逃避行を続けてきた中、華容道に到って曹操が笑い出したのをみて張遼と許褚は怪訝に思う。

「ただ笑うのは周瑜の見識の浅さ。諸葛亮の智謀の無さ。ここに伏兵を置けば我が命も保ち難いが…あわわ!」

 伏兵出現に慌てふためく曹操。尽きることない人馬の叫び、旗がひらめき行く手を阻む。

「誰の旗印か?」

「『関』とあります」

張遼と許褚が答える。

「なに?はははは」

「なぜ笑われるのですか?」

「おまえたちは知らぬであろう。昔、関羽許昌にいたとき、わしは十分にもてなしてやった。そのときの事を忘れていないようなら我らを見逃してくれるやもしれん。戦わずとも良い。みな休んでおれ」

 

 高台から望む関羽の姿に喜ぶ曹操

「我々は旧知の友、仇敵とは言い過ぎというもの」

「命令である。だれがそなたを旧知の友と認めようか」

 曹操はたった十八騎しか残っていないことを伝える。整列させて周倉に数えさせる関羽

 曹操はかつての関羽に対する厚遇を語り、その恩を思い起こさせようとする。それに構わず斬ろうと身構えるが義理に厚い関羽は思い悩む。

関平周倉!名も無き陣を敷く。孟徳!陣形を見て早くいけ!」

「見たことも無い陣形だが…」

曹操に対して張遼と許褚が答える。

「一文字の長蛇の陣立てです」

 その意味を知った曹操は、関羽に感謝しながら道を進み再起を誓う。

 

鑑賞

京劇《群英会・借東風》後半 1時間15分20秒

北京・梅蘭芳大劇院

京劇電影工程第二批劇目展演

 周瑜:葉少蘭 金喜全

 曹操:尚長栄 舒桐

 魯粛:張建国

 諸葛亮:朱強

 黄蓋:孟広禄

 蒋乾:寇春華

 趙雲:葉金援

 太史慈:馬阿龍

 甘寧:朱凌宇

 闞澤:沙浩

 蔡中:張兵

 蔡和:白洋

 蔡瑁:譚帥

 張允:石岩

  司鼓:馬洪起 李金平 崔洪 封千 劉磊 倪麒森

  操琴:李之祥 張紀華 趙旭 葉光 何健 李揚

 

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0:05:00 黄蓋(孟広禄) 苦肉の計

0:12:20 苦肉の計を見抜いている諸葛亮(朱強)

0:15:10 重傷の黄蓋 偽りの投降文を届けると申し出る闞澤(沙浩)

0:20:38 曹操(尚長栄)の陣営

0:38:27 体調を崩している周瑜(金喜全)を見舞う諸葛亮

0:45:36 趙雲(葉金援)登場 起覇を披露

0:51:00 借東風

1:05:42 黄蓋 船に乗って登場

1:10:53 逃げ惑う曹操

 

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