中国京劇雑記帳

京劇 すごく面白い

京劇演目紹介《群英会》《草船借箭》(三国志)赤壁の戦い[前編]

2024/05/05更新

 

赤壁の戦い

三国志 クライマックス

 

 

 日本人にもおなじみ「三国志」の物語。そのクライマックスにあたる「赤壁の戦い」の部分を二回に分けてご紹介します。

 登場人物が多く、上演時間も長いです。《群英会》《借東風》《華容道》と3時間半以上はあります。

 記念公演などで各地の名優が集まって演じられることが多いです。

 女性は登場しませんが京劇のさまざまな役柄が一挙に見ることができる「群戯」です。

 

あらすじ

 後漢末。皇室の力は衰える中、北方を制する曹操、江東を治める孫権荊州の地を得た劉備の三つの勢力が台頭していた。江東を攻めようとする曹操に対抗して孫権劉備と同盟を結び、長江をはさんで対峙する。

 呉の水軍都督・周瑜の軍営に同窓の蒋乾が訪ねてくる。曹操に降るよう説得に来た蒋乾の魂胆を見抜いた上で、周瑜は宴席を設けて「群英会」と名付けてもてなす。

 酔いつぶれて一緒に寝ていたはずの周瑜が老臣・黄蓋と交わしている会話を思いがけず聞く蒋乾。曹操軍の水軍都督・蔡瑁と張允が呉に寝返ろうとしていると知り、蒋乾は周瑜の書斎から証拠の手紙を持ち出して曹操の軍営に急いで戻る。

 曹操は手紙を見ると怒りに駆られて二人を斬ってしまうが、手紙は偽物で周瑜の計略にのせられたことに気づく。曹操蔡瑁の弟にあたる蔡中と蔡和に偽って呉に降り探るよう命じる。

 劉備の軍師・諸葛亮周瑜のもとを訪れて祝いを述べてくる。全てを看破している諸葛亮周瑜は恐れを抱く。

 二人はお互いに曹操軍を破るために火を用いるという考えを明かす。水上戦で重要な武器である矢を三日以内に十万本用意すると言う諸葛亮。到底無理だと高をくくった周瑜は、できなければ軍規をもって処罰することを約束させる。

 蔡中と蔡和が兄を斬った曹操を恨んで投降してくる。投降が偽りだと見抜きつつ周瑜は受け入れる。それを利用して周瑜黄蓋に「苦肉の計」を用いることを密かに相談する。

 約束の一日を残したところで心配した呉の家老・魯粛諸葛亮のもとを訪ねてくる。

 諸葛亮はたくさんの藁人形を載せた船を多く用意させて深い霧が立ち込める暗闇の中、曹操の陣営へ向かう。

 暗くてよく見えず、霧で火も使えないため、曹操軍は矢を雨のように浴びせ掛ける。こうしてまんまと曹操軍から十万本以上の矢をせしめた諸葛亮に、周瑜は恐れると共に感心するしかないのであった。

 

つづきは後編で!

 

登場人物

【呉】

周瑜(呉国水軍都督)小生

魯粛(呉国大夫)老生

黄蓋(呉国武将)浄

甘寧(呉国武将)浄

太史慈(呉国武将)浄

程普(呉国武将)老生

龐統(謀士)浄

丁奉(呉将)老生

徐盛(呉将)浄

 

【魏】

曹操(漢朝丞相)浄

蒋乾(謀士)丑

(魏将)武浄

夏侯惇(魏将)浄

張遼(魏将)浄

(魏将)浄

文聘(魏将)浄

曹洪(魏将)浄

(魏将)浄

于禁(魏将)浄

徐庶(謀士)老生

蔡瑁(魏将)浄

張允(魏将)浄

蒋中(蔡瑁の弟)小生

蒋和(蔡瑁の弟)小生

 

【蜀】

諸葛亮(蜀相)老生

関羽(蜀将)紅生

張飛(蜀将)浄

趙雲(蜀将)武生

関平(蜀将)武生

周倉(蜀将)浄

 

解説

群英会

 呉の陣営。呉の武将の黄蓋甘寧、そして水軍都督・周瑜が登場。劉備の軍師・諸葛亮を帳に迎え入れて、周瑜曹操軍が糧食を蓄えている聚鉄山を攻めるよう依頼する。諸葛亮は快諾するとひとりごち

「明らかに借刀の計、敢えて知らないふりをする」

笑いながら退出する。

 周瑜魯粛から諸葛亮ひとりに任せるのはなぜかと訊ねられる。

「やつを理由もなく殺してしまえば世間の笑いものになる。曹操は糧道を断たれるのを恐れて厳重に守っているはずだ。行けば必ず曹操の兵に殺されることだろう。孔明孔明!お前は我が術中にはまったな!そなたは孔明が何を話したか逐一報告せよ」

 諸葛亮は自身の帳の外で周瑜は水戦しかできないと大笑いしていたと魯粛から報告を受ける。

「なに?!わしが陸戦に慣れていないと孔明が申したのか?!」

「はいまさに!」

「ふん!やつに糧道は攻めさせん!連れ戻せ!」

 

 魯粛の報告から曹操の水軍は荊襄で降った蔡瑁と張允が統べていることを知る。水戦に慣れている二人を排しなければならないと周瑜が思っているところへ、同窓だった蒋乾が訪れてきた報告を受ける。

曹操軍もこれまでだ!やつは手を打ちかねて蒋乾を遣して来たに違いない。わたしに降るように説得させに来たのだ。まったくこんなつまらない計を用いよって。筆をもて」

「お待ちください。都督さまはあの蒋乾とは同窓でございますゆえ、筆跡でわかるやもしれません。わたくしが代わりに」

「よし!そなたはこの手紙をこっそりわたしの帳に置いてきてくれ。蒋乾先生をお呼びしろ!」

 

 蒋乾を歓迎する周瑜

曹操のために説きに来たのであろう?」

「何をいうか。昔のよしみで来たのだ!曹操のために来たなどと…お邪魔のようだ。それでは失礼する」

いきなり図星をさされた蒋乾。

「どうなさったのだ?」

「そなたがわたしを疑っているのだから」

「からかっただけです。さあお座りください!」

 蒋乾はおどおどしながらも宴席につく。

「酒をもて!太史慈聞け!そなたは我が剣をもって、監酒令官を命じる!今日の酒席は戦を前にしたものであるが、ただ共の友との旧交を温めるものである!戦のことを口にするものがあれば即刻斬る!」

「かしこまりました!」

 呉の武将・太史慈は命令通りにらみをきかせて剣を手に殺気をみなぎらせている。

「兄上、我が陣営は錚錚たるものがそろっておろう!」

「ああ、まるで熊か虎の檻の中にほおりこまれたようだ」

「山の如く積みあがった我が軍の糧食は十分とは思わないかな?」

「ああ、兵も軍糧も充実しておる。まことに名に背かないものですなあ」

「そなたは我が軍営の将をご覧になられたが、皆江東の英傑とは思われませんかな?今日の宴を群英会と名付けたいがいかがかな?」

「おお、まさに群英会ですな!」

高らか笑い大酒を食らう周瑜

「酔っ払ってしまった!」

「わしも酔ってしまった!」

「久しぶりにお会いしましたので今日は剣舞をひとさし」

「酒を飲んでから剣舞など」

 止める蒋乾を気にすることなく、衣類を預けて剣舞を披露する周瑜。酔っ払ったはずみで思わず刺されてしまいそうで更に怯える蒋乾。

「いざ!丈夫世に処して功名を立て、功名を立てて平生を慰む、平生を慰めて、吾まさに酔う」

 周瑜はすっかり酔っ払ってしまったからと蒋乾を自分の帳へ案内させる。

 そして、今夜三更に帳へ密かに報告にくるよう黄蓋に命じてその内容を耳元でひそひそと伝える。甘寧には見回りを命じて蒋乾が逃げても阻むことがないよう伝える。

 

蒋乾盗書

「寝てしまったのか…まったくひどいところに来たもんだ!デカい口をたたくのではなかった。本当はやつを説き伏せるために渡ってきたのに。太史慈が宝剣を抱えてまなじりを決して座っていた。もしこの度の戦の話をしようものなら頭を割られていただろう」

 酔いつぶれて寝ている周瑜のもとから離れて本音を漏らす蒋乾。

「はあ、座るに座っていられず、眠るに眠っていられなかったわい。さてどうしようかな?本があるぞ、あれを見て気晴らしするか。兵書戦策…車戦、使えない。陸戦?どんな意味があるんだ。水戦…よし!周郎は水戦を最も学んでいる。見てみよう。『周都督親書』どれどれ。荊襄降将…蔡瑁張允!」

 曹操陣営の水軍の将・蔡瑁と張允が呉への投降を申し入れる手紙に蒋乾は驚く。周瑜が眠り込んでいるか確かめる。

 三更を知らせる太鼓が鳴り、黄蓋周瑜のもとを訪れて呼びかける。

「老将軍、こんな夜に何事か?」

「都督、今江北の蔡…」

「し!」

「蔡なんだ?」

蔡瑁と張允」

「使いが急いで参りましたので早くお知らせしなければと」

 聞かれてはまずい…周瑜は蒋乾の様子をうかがう。

「よく眠っている。聞かれなくてよかった。さてゆっくり眠るとしよう」

 三日以内に曹操の首級を挙げてやると寝言を繰り出す周瑜をよそに、蒋乾は手紙を手にして慌てて逃げだす。

 途中、魯粛に出くわしぶつかると慌てて挨拶してその場を辞す。

 書斎を確かめて周瑜を起こす魯粛

「あの蒋乾めが手紙を盗んで逃げていきましたぞ。わたしはここにいれておいたのです。なくなっております!」

 上手く事が運んだと周瑜と喜び合う魯粛だったがふと呟く。

「ただあの孔明は見破ってしまうかもしれない」

 

中反間計

 急いで曹操陣営に戻った蒋乾。

「丞相!」

「周郎の説得はいかがであった?」

「まったく高慢ちきで何を言ってもやつを動かせそうもありません」

「説き伏せられなかったとはまったくいい笑いものだな!」

「周郎を降せませんでしたが…ここに一通の手紙がございます。丞相よくよくご覧ください!」

 手紙を見て怒った曹操は水軍都督の蔡瑁と張允を呼ぶ。

「わしは即刻兵を進めたい。おぬしら二人、水軍の訓練を任せてあるがどうなった?」

「水軍はまだ慣れておりません。まだ兵を進められません」

「水軍の訓練が充分になるのを待ってわしの首を周郎の手に渡すのであろうが。斬って捨てよ!」

 蔡瑁と張允を斬ったその途端、曹操は事態に気づく。

「しまった!周郎の借刀の計にかかってしまった!蔡瑁と張允を殺してしまったもう遅い」

 蔡瑁の弟の蔡中、蔡和が呼ばれる。

「わしはおぬしらの兄たちを殺したが恨んでおるか?」

「あの二人は軍律違反をしました」

「そなたたちの忠義の心をしかと見たぞ。情報が入りにくい今、二人に偽って投降してほしいのだがどうか?」

「もちろん!」

「二心はなかろうな?」

「われら二人の家族は荊州におります。二心など抱きようがございません」

「うまくいったら褒賞を与える。行け!」

「かしこまりました」

「丞相、この度の功績はこの蒋乾のものですな?」

「あ?」

「この蒋乾のものですな!」

「馬鹿者!まったくお前はただの本の虫だ!」

「この度の大功労になぜ褒賞されるどころか怒られるのだ?いろいろ考えてみるに…周郎が投降しなかったからだきっとそうに違いない!」

 

定苦肉計

 曹操蔡瑁と張允を斬ったと報告を受ける周瑜。そこへ諸葛亮が訪ねてくる。

「いや喜ばしい。都督どの、おめでとうございます!」

「なにが喜ばしいのかね?」

「あの曹操が都督どのの『借刀の計』にかかって蔡瑁と張允を殺したのは我が方にとっては喜ばしいことではないのですか?」

あやや先生はお見通し…先生はご存知であられたか。先生、わたしがみるに曹操の水軍の要塞は厳重です。故にこの計を施しました。先生が取り立てて仰るには及びません」

「都督どのはまことにすばらしい」

「先生、今、曹操の軍勢は多く破るの難しい。また計略を用いたいと思うのですがいかがですかな?」

「はっきり申し上げる必要はありません。ここは自分の手のひらに書いてお互い見せ合うことにいたしませんか?」

「では」

 周瑜諸葛亮がそれぞれ筆を用いて自身の掌に文字を書く。

「ご覧ください!」

掌を同時に開いて見せ合う。

「おお!おふたりとも『火』の一字が!」

興奮する魯粛

「二人とも『火』の文字じゃ。はははははは」

笑いあう三人。

手には「火」の一文字

「先生、われらの考えは同じようですな。他聞に漏れてはなりませんぞ」

策は同じ、更に火花を散らすように構える周瑜

「さて先生、水で矛を交えるのにまず必要な武器とはなんでしょうか?」

「弓矢でございましょう」

「そうですな。弓矢が早急に必要です」

ふたりの意見に同意する魯粛

「先生のお言葉はわたくしも同意するものですが、軍中はなにぶん矢が不足しております。先生にぜひ矢を十万本ご用意していただきたいのですが、まさかご辞退なさいますまいな?」

「都督どのがそうおっしゃるなら労は惜しみませぬ。期限を決めましょう」

「いつまで?」

「十万本となれば少なくとも一年はかかりますぞ!」

口をはさむ魯粛を遮る周瑜

「先生、半月でよろしいか?」

「半月?長すぎますぞ!」

「へ?半月が長いのですか?」

諸葛亮の言葉に驚く魯粛を置いて畳みかける周瑜

「では十日ではいかがが?」

「情勢ははやい。曹操軍が来たらことを仕損じますぞ。長いです」

「ええ?十日でも長いのですか?どういうことだ?」

余裕の諸葛亮、混乱する魯粛。詰め寄る周瑜

「七日では?」

「まだ長いです」

「七日でもまだ長い?長くないですよ!あなたは」

「それでは先生ご自身が期限を決めになってください」

「三日!」

三本の指を立ててきっぱりと答える諸葛亮

「え?三日?三日で十万本の矢が作れますか?!」

「そうですな。三日では一本も作れませんでしょう」

魯粛の問いに到底無理なことと承知している諸葛亮

「先生、軍中で戯言はいただけませんな」

不謹慎を咎め周瑜諸葛亮は意外な言葉を返す。

「では軍規に則った約定をしたためましょう」

「先生、約定などと…」

戸惑う魯粛をよそに諸葛亮は約定を書き上げる。

「これを証といたしましょう」

「いけませんいけません!ああ!もう終わりだ終わりだ!」

「都督どのどうぞごらんあれ」

「ではたしかに!」

魯粛どの、三日以内に五百の兵をお遣わしください。矢をお渡しいたすゆえ」

「はあ?矢を運ぶのですか?あなたの首ではないでしょうね!」

「では失礼いたします」

「都督!あの孔明が三日で矢を作るなど逃げてしまうのではないですか?」

「逃げるなら逃げればよい。笑いものになるだけではないか。矢作りの匠や材料を提供してはならんぞ。三日後に矢がなければ孔明を斬ってやる!」

 

 そこへ蔡中と蔡和の投降してきたとの知らせが入る。

 兄たちを殺した曹操の仇討ちをしたいと申し入れてきたふたりを受け入れる周瑜。明らかに偽りだと断じる魯粛諸葛亮のもとへ向かう。

「まったく子敬のやつ、バカ正直で困ったものだ。好機到来というのに!老将軍、あの二人をいかがご覧になるかな?」

 老臣・黄蓋に話しかける周瑜

「明らかに偽っております」

「なぜ?」

「家族を連れておりません。本当であるわけがございません」

「なるほど。さすが老将軍!悔しいかな!北軍は偽ってわが軍に降るものはあっても、わが軍には偽って曹操に降るものがいないとは」

「都督さま!この黄蓋、不才ながら偽って曹操に投降しようと思いますが」

「老将軍が?」

「はい!国恩に報いたい所存です!」

「おお!わたしの方も偽りの投降策を考えてはおったのだが、小物では信に足らぬし苦刑に耐えれないのようであれば敵の目を欺けぬ。老将軍はご高齢である。どうすればよかろうか?」

「都督さま、この黄蓋、東呉に三代に渡って仕え厚恩を受けております。苦刑を受け、骨が粉々になろうともかまいません!」

「それはまことかな?」

「いつわりはございません!」

「わかり申した!まことに社稷の臣かな」

「恐れ入ります」

「わたくしの礼を受けてくだされ」

「わたくしも」

お互い礼をとるふたり。

「この苦肉の計を耐えてくださればわが江東のすべてが将軍にかかっております」

「都督どの!」

 

魯粛催箭

 魯粛が慌てて諸葛亮のもとへ訪ねてくる。

「ああ!あなたの代わりにわたしが困っていますよ!」

魯粛どの、何をわたしの代わりに心配なされているのですか?」

「はあ?三日以内に矢を十万本作らねば軍法によって罰せられるのですよ!」

「ああ、そのことですか」

「そうですよ!」

「忘れてましたよ」

「ええ?忘れてたってあなた…ああ!」

「ええっとちょっと数えてみましょうか」

「はい!」

「昨日」

「一日目!」

「今日」

「二日目!」

「明日」

「三日目!!さ!はやく!」

「何をですか?」

「矢ですよ!」

「ありゃりゃ、一本もありませんよ。魯粛どの、お助けください~」

急に泣きつく諸葛亮

「お立ちなさい!拙いながらわたくしに考えがありますぞ!」

「いったいどのような?」

「小船で江夏へ逃げるのです!」

「わたくしは主君の命令で曹操を共に討たねばならないのです。まだそれが成っておらぬうちに主君になんと報告すればよいのですか。いけませんよ」

「行けない?」

「ええ、行けませんな」

諸葛亮、毅然と答える。

「先生、これでさっぱりきっぱり!わたくしにいい考えがありますぞ!」

「なんですか?」

「長江に身を投げるのです!」

「蟻が生を貪るのに人が命を惜しまないわけがありますか。あなたはわたしを救えないとなったら死ねと言う。それでも友人なのですか」

「わたしは逃げろと言ってもあなたは逃げない。なら死になさいといえば死にたくない。この魯粛にどうしろというのですか!」

魯粛どの」

魯粛は病気です。あなたを救えない」

心配や気遣いが空回り…もう知らないと顔を背ける魯粛

魯粛どのは寛容で」

「まだなんか言うことありますか?!」

「あなたはわたしを守るために河を越えて逃げろと言うが」

「ええそうですよ!」

「周郎はわたしを殺そうとしていてあなたは救えない」

「これはあなたが自分で引き起こしたことでしょうが!」

「はあ」

「わたしに友達がいがないなんてまったくひどい言いがかりですよ!」

「あなたはわたしを救えないことでつらい思いをされておられる。お借りしたいものがあるのですがいいですか?」

「借りなくてもとっくに準備できてますよ」

「準備できてる?」

「寿衣、寿帽、大きい棺おけ、あなたを入れて江夏に送りますよ。友人として申し分ないでしょう!」

「あなたはもうわたしが死んだみたいに言うのですね」

「あなたはまだ生きられると思っているのですか?ああ!困ったもんだ!」

「そういったものではござらん」

「どのようなものですか?」

「軍中にあるものですよ」

「それは?」

「速く進む船二十艘」

「ありますよ!」

「青い布」

「あります!」

「それと太鼓」

「あります!」

「一艘ごとに二十五名の漕ぎ手」

「あります!あります!ありますよ!」

「それとお酒」

「お酒?どうするんです?」

「船の中であなたと飲むのですよ」

「矢が揃わないものだからお酒飲んで憂さ晴らしですか?!」

「さあ早く行って準備してください」

「はいはい!十万本の矢を一夜にして作るなんて絶対無理!友人としてここは一緒に船に乗ることにするか!」

ひとのいい魯粛諸葛亮のひとりごち。

「わたしがやろうとしていることを彼はわかっていないようだ。霧に乗じて曹操の軍営に行き矢を貰い受ける」

諸葛亮の要望通り手筈を整えた魯粛

「準備できましたよ」

「どうもご苦労様ですな」

「どういたしまして!」

「さあいきましょうか!」

「へ?どこへですか?」

「船に乗ってお酒を飲むのですよ」

「ダメですよ!ダメダメ!わたしは用事があるのです!」

「どんな用事ですか?さあ行きますよ!」

 

草船借箭

「霧が濃いです。あたりが見えません。どこへむかいますか?」

「江北へ!」

「はっ」

漕ぎ手に行き先を指示する諸葛亮に慌てる魯粛

「ちょっと待ってくださいよ!江北は曹操の陣営じゃないですか!わたしは行きませんよ!おります!おろしてください!」

「もう出てしまいましたよ」

「ええ?わたしの命もここまで!あなたに葬られるとは!」

「さあさあ、飲みましょう!」

「え?飲むんですか?ああ!魯子敬、船の中で全身の震えが止まらない、フン!」

「何を心配されるのか」

「このときになっても彼は酒をのんきに飲んでいる…」

「飲み干しましたぞ~」

曹操の陣営まで来たらこの首ももう保てない…」

悠々と酒を呑む諸葛亮に気はそぞろな魯粛

「すごい霧です。船をどこに向けますか?」

曹操の陣営へ!」

「はっ」

魯粛、いよいよお終いか。

「ははは!この気狂いめ!曹操の陣営に何の用だ!あなたが行きたいなら行きなさい。わたしは行きませんよ。さささ船を岸につけてくれ。わたしは帰る!」

「まあまあ船は河の真中にあるんですよ。岸につけませんよ。」

「へ?」

「岸にはつけません」

「あわわどうしたらいいんだ」

「さあさあまあ一杯」

「まだ飲むんですか?」

「飲めば愉快でしょう?」

諸葛亮!」

「なんでしょうか?」

「この魯粛、あなたのことを尊敬しておりました」

「我ら二人は善き友人でありますな。さあ、飲みましょう」

「もう!わかった!もうどうなってもいい!このろくでもない友人との付き合いです!さあさあお酒をください!」

魯粛どの。あなたはただ楽しんで飲んでいればいいのですよ。船に揺られてのんびりしましょう」

曹操の陣営に来ました」

「太鼓を鳴らせ!」

漕ぎ手からの報告に陣太鼓を鳴らすよう指示する諸葛亮

「ちょ、ちょっとまってくださいよ!」

ますます混乱する魯粛

 一方、曹操の陣営。蒋乾が曹操へ報告する。

「丞相ご覧ください!」

「何事?」

「この濃霧の中、陣太鼓が聞こえてまいります。どうしたことでしょう?」

「きっと周郎が陣形を見にきたのだ。この霧ではむこうもみだりに動けまい。一斉に矢を射かけよ!」

「はっ」

 降り注ぐ矢の中でのんびりお酒を飲む諸葛亮と怯える魯粛。従えてきた船に矢が突き刺さる。

「どの船も矢がいっぱいです」

報告を受ける諸葛亮

「よし、戻ろうぞ。声高に叫びなさい『矢をいただき、孔明、曹丞相にお礼申し上げる』とな。魯粛どのさあご覧ください。行くぞ!」

 矢を集めにくるのが目的だったと知った曹操は諸将を集めて追うよう指示するも逆流で追いつくことができない。

「矢などまた明日作ればよろしいではないですか」

「黙れ!けちがついたのはすべてお前のせいだ!」

蒋乾に激怒する曹操であった。

 

後編につづく!

 

鑑賞

朱世慧の案内のもと錚々たる面々が演じる名場面

《草船借箭》馬長礼 譚元寿

《壮別》葉少蘭 方栄翔

《横槊賦詩》袁世海

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