中国京劇雑記帳

京劇 すごく面白い

京劇演目解剖 紅鬃烈馬

2023/09/03更新

 

 王宝釧と薛平貴の物語。

 京劇で有名なのが《武家坡》と《大登殿》という部分です。折子戯(一場面を演じる芝居)としてここだけ上演されることもあります。

 京劇では物語の途中である《武家坡》から《算大粮》《銀空山》《大登殿》までを《紅鬃烈馬》と題して上演されることが多いです。

 メインは王宝釧(青衣)と薛平貴(老生)ですが、他にもバランスよく行当が出ているので《四郎探母》と同じように名優たちが代わる代わる記念公演などで好んで演じられています。

 まず《武家坡》に至るまでの話をざっとまとめてみます。

 

武家坡》薛平貴と王宝釧

 

 

《彩楼配》

 唐代。丞相・王允の三女・王宝釧は、雪が降ったあとの庭園で戯れていると、門外にひとりの乞食を見とめる。名を薛平貴といった。その男の才気と志を嘉する王宝釧は、銀を渡して二月二日に彩楼の前で待っているように告げる。その日は王宝釧の婿選びの儀式を行う日であった。彩球(綺麗に刺繍を施した鞠)を投げてそれにあたった者を婿とする儀式で、王宝釧は彩球を薛平貴に投げ与えた。

 

《三撃掌》

 王宝釧は、婿選びの儀式で楼閣から投げた彩球にあたった薛平貴を婿に望む。しかし、宰相を務める父の王允は貧しい薛平貴を嫌い、結婚を許さない。王宝釧は父の反対を押し切って薛平貴と駆け落ちし、竈(質素な洞窟式住居)でともに暮らす。

 

《平貴別竈》

 薛平貴は出仕して、赤いたてがみの暴れ馬を馴らしたことを認められ、後軍督護に出世する。しかし薛平貴のことをよく思わない宰相・王允の奏上によって先鋒にまわされ、王允の次女の夫・魏虎の指揮下で西涼国との戦いに行くことになる。薛平貴は引き止める王宝釧を置いて出征する。

 

《探寒竈》  別名《母女会》

 苦しい生活を耐えて薛平貴の帰りをひたすら待つ王宝釧を訪ねてきた母は、家に戻るように説得する。しかし、王宝釧は死んでも戻らないことを誓う。

 

《趕三関》  別名《鴻雁捎書》

 魏虎の陰謀によって戦地に取り残され捕虜となった薛平貴は、西涼国の代戦公主と結婚し王位を継いだ。

 ある日、狩りで仕留めた雁の足に布の手紙が結び付けてあるのを見つける。それは、偶然にも薛平貴の帰りを信じて待つ王宝釧によってしたためられた血書であった。

 出征して十八年、王宝釧を想った薛平貴は代戦公主を酒で酔わせて国に急ぎ戻る。目が醒めた代戦公主は三つ関を越えて薛平貴を追いかけて来る。薛平貴は泣いて事情を訴え、哀れに思った代戦公主は国境まで薛平貴を送っていく。

 

 この後やっと《武家坡》に続きます。

 「青衣」(王宝釧)と「老生」(王允)の二人が登場する《三撃掌》は、四大名旦のひとりである程硯秋の演じたのが有名です。青衣をメインにこれだけを折子戯として演じられることはあります。

 《平貴別竈》では、薛平貴は「小生」、または「武生」が演じます。ヒゲはつけておらず、戦いに行くことから衣装は鎧を纏っています。

 では続きを見てみましょう。京劇はここから演じられることが多く、全体で二時間半くらいです。

 

武家坡》

 薛平貴は十八年ぶりに戻って来て、武家坡で王宝釧に再会する。しかし姿がすっかり変わってしまった薛平貴を王宝釧はわからない。それに乗じて薛平貴は王宝釧が心変わりをしていないか確かめようと王宝釧をたぶらかす。怖がる王宝釧は竈へと逃げ帰り、追ってきた薛平貴は今までのいきさつを話す。そして夫婦は再会を喜ぶのであった。

 老生と青衣の「唱」の掛け合いがききどころです。

 

内容はこちら

 

《算軍粮》  別名《算粮》

 薛平貴と一緒になるために飛び出して以来訪れることのなかった丞相府へ、王允の誕生祝いを機に王宝釧は薛平貴とともに訪れる。てっきり死んだと思っていたのに戻ってきた薛平貴を見て王允と魏虎は驚く。それをよそに薛平貴は出征した十八年分の禄を求める。

 

《銀空山》  別名《回龍鴿》

 印璽を盗み皇位簒奪をはかった王允は、薛平貴を殺そうとする。薛平貴はなんとか逃げ出し、王允は高思継に追いかけさせる。薛平貴は代戦公主に伝書鳩を飛ばし援軍を求める。代戦公主は兵を率いて高思継を降し、長安に攻め上って王允と魏虎を捕える。

 これはうたと仕草が中心である「文戯」の色合いが濃い芝居ですが、ここでは槍を振るっての立ち回りが見られるところです。

 最初に「小生」の演じる高思継が鎧を纏って登場し、「起覇」を披露します。

 場面変わっていよいよ代戦公主が登場します。点将台よろしく岩の上に立ち、諸将を点呼し、出陣を促します。腕試しに弓をひいて、幸先よく雁を射止めます。ここでは体をひねって弓をひく姿など、女性将軍の役柄としての一通りの立ち居振舞いが見られます。高思継とは槍を振るいあいます。

 

 

 薛平貴は伝書鳩を持って登場し、戦うふたりを止めに入ります。ちなみに伝書鳩の人形はかわいいです。

 

《大登殿》  別名《算粮登殿》

 薛平貴は帝位に上り、王宝釧を皇后にした。そして代戦公主と世話になった義兄の蘇龍に位を与える。魏虎を斬首し王允も殺そうとするが、王宝釧の懇願で赦免する。そして王宝釧のよき理解者である母を迎え、大団円となる。

 《四郎探母》の楊四郎と同様、薛平貴も重婚ですが《大登殿》では王宝釧は代戦公主を見て「なんと可愛らしい!夫が十八年も帰ってこなかったのも納得だわ!私も男性だったらそうするでしょうね!」とうたい、代戦公主は王宝釧を見て「天女がいるわ!」と騒ぎます。「十八年お世話させていただきました。あなたも十八年苦労されたでしょうね」「十八年、夫を見ていただいてありがとう」と挨拶しあってうたいます。ふたりで合唱するところはリズミカルで明るくめでたい感じがします。

 

 《武家坡》と《大登殿》の薛平貴と王宝釧のペアの役者は同じですが、《算軍糧》での王宝釧、《銀空山》の薛平貴などは役者が代わっていることがほとんどです。

 立ち回りをメインにしていた役者が年齢を重ねて技が熟してくると共に青衣を学び、青衣の王宝釧と、もともとやっていた刀馬旦の代戦公主もやることもあります。

 

鑑賞

CCTV戯曲 1996年資料

京劇《大登殿》 中国京劇院 32分58秒

 薛平貴:耿其昌(当時49歳)

 王宝釧:李維康(当時49歳)

 代戦公主:楊春霞(当時53歳)

 王夫人:王晶華(当時57歳)

 

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