2023/07/17更新
項羽と虞姫の美しくも悲しい最期
あらすじ
秦代。圧政を敷いてきた秦を倒し、台頭してきた楚の項羽と漢の劉邦。ふたりは覇権をめぐって争い、項羽は追い込まれる。項羽に従軍してきた妻の虞姫は足手まといとならぬよう自刎する。
ポイント
追い詰められていく項羽の苦悩を慮って、悲しみを堪えながら虞姫が剣舞をうたい踊る場面は有名。
虞姫(項羽の妻)旦
項羽(西楚覇王)浄
韓信(漢の元帥)老生
李左車(漢の武将)老生
虞子期(虞姫の弟・楚の武将)小生
項伯(項羽の叔父)浄
周蘭(楚の武将)浄
鐘離昧(楚の武将)浄
樊噲(漢の武将)浄
張良(漢の軍師)生
陳平(漢の軍師)老生
劉邦(漢王)老生
周勃(漢の武将)浄
曹参(漢の武将)浄
英布(漢の武将)生
彭越(漢の武将)浄
呂馬通(漢の武将)生
孔熙(漢の武将)生
陳賀(漢の武将)生
解説
ときは秦代。
漢の軍営。樊噲と周勃、曹参と英布、孔熙と陳賀、彭越と呂馬通、漢の武将たちが次々と登場。次いで元帥・韓信が陳平と李左車と共に登場。韓信はそれぞれの武将に指示を出す中、李左車には楚へ偽って投降するように命令する。
一方、楚の軍営。投降してきた李左車と対面した項羽は喜んで受け入れる。
鐘離昧の知らせにより韓信が項羽の悪口を書いた旗を大きく揺らしているのを見て、項羽は激怒して兵を出そうとする。
韓信の謀略かもしれないと虞子期は止めるが、李左車は言葉巧みに派兵を勧める。虞子期はなんとか項羽を思いとどまらせようと、姉の虞姫に知らせる。
虞姫は項羽に出陣を思い留まるよう伝えるものの項羽は聞かず、虞姫に一緒に行軍するように言う。
いざ出発というときに軍旗が折れる不吉な兆しがあり、周蘭は兵を退くよう項羽に進言する。しかし、漢軍はいま糧食が尽きており、その好機を逃してはならないと李左車は進軍を勧める。
項羽は進軍するが、物見の知らせでは漢軍が飢えている様子はない。李左車の姿はすでになく、たばかられたことを知る項羽。宿敵・劉邦と矛先を交えるが、韓信の謀略により伏兵によって痛手を蒙る。
更に楚軍の戦意喪失を狙い、韓信は張良の献策を用いて兵たちに楚のうたを練習させる。
虞姫 大王さまにつき従って戦場から戦場へ
多くの苦しみを受けて幾年月
ひとえに恨めしいのは無道な秦が塗炭の苦しみをもたらすこと
ひたすら恐れるのは民の苦しみが増すこと
軍営に戻ってきた項羽を虞姫は迎えて酒を勧める。戦況が芳しくない中、帳の中でゆっくり休むよう項羽に促して灯りを手にして佇みうたう。
虞姫 大王さまは帳の中でお休みになっておられる
わたくしは帳を出て 塞いた気分を晴らしましょう
静かに歩み荒れ野にふとたたずむ
ふと見上げれば空には月が鮮やかに冴えわたっている
見回りの兵たちがやって来る。虞姫は身を潜め、彼らの話を聞き入る。軍営の外からは故郷の民謡が聞こえてきて、兵たちはみな戦意を喪失しているという。
虞姫は急いで項羽を起こしに戻る。漢軍から聞こえてくる歌声の大きさに、かなりの数の楚兵が投降していると感じる項羽。
項羽は自身が弱いのではなく天が滅ぼそうとしているのだと詩を口ずさむ。
「我が力は山をも引き抜き、我が気はこの世をもおおう、時の運は我に味方せず、愛馬の騅も疲れ果てて走れない、騅が走らないのをどうしたらよいものか、虞よ虞よそなたをどうしたらよいのか」
項羽に手を取られて詩を聞く虞姫は泣き崩れる。すでに今生の別れを意識した虞姫は、項羽を少しでも楽しませようと剣の舞を披露することにする。
虞姫はマントをはずして双剣を片手に登場。ここは有名なみどころ。
虞姫 大王さま お酒を召し上がりながら
この虞姫のうたをお聴きください
愁いをお慰めするため わたくしがひとさし舞います
秦が無道にこの国を荒らし
各地の英雄たちが立ち上がりました
昔から申します 確かなことは栄光も没落も一瞬のこと
どうぞお気を安らかに お寛ぎになってお酒をどうぞ
虞姫は悲しい気持ちを押し隠して微笑みを浮かべて、曲牌「夜深沈」の響きと共に剣の舞いを披露する。項羽は虞姫の剣舞の見事さにすっかり気をよくして豪快に笑う。虞姫は剣を収め、項羽の前に跪いて一礼する。
そこへ太監が入ってきて急を告げる。
「虞よ!急いで俺と一緒に包囲を突破しよう!」
「大王さま!ここで敵と交戦して包囲を突破できたら、江東に渡って楚国を復興し、民を安んじてくださいませ。もしわたくしが共に行けば、必ずや大王さまの足手まといとなりましょう。いっそここで大王さまのお腰の剣でもって死を賜りたく存じます」
「虞よ!早まってははならぬ!」
虞姫 漢の兵はすでにこの地を攻略し
周りから聞こえる楚の国の歌
大王さまの気概が失われるのなら
わたくしはどうして生きていけましょうか
項羽はみすみす愛する虞姫が死ぬことを容認することはできない。
「大王さま!漢兵が…攻め入ってまいりました!」
前方を指差す虞姫。
「どこだ!」
虞姫はすかさず項羽の腰の剣を抜き取り自刎してしまうのであった。
データ
別名《九里山》、《楚漢争》、《亡烏江》、《十面埋伏》、《該下囲》、《烏江自刎》。
ルーツは『史記・項羽本紀』、『西漢演義第七十九回ー第八十四回』、明沈采『千金記』伝奇、清逸居士編。
地方劇には弋腔、豫劇、滇劇《九里山》、川劇《覇王別姫》、粤劇《亡烏江》、徽劇《別姫》などがある。
はじめは楊小楼と尚小雲によって演じられた。梅蘭芳は演じるにあたり歌舞を中心におき、その節まわしは大流行した。また、衣装とメイクも改革してのちに〈梅派〉の代表作となる。
資料映像
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