中国京劇雑記帳

京劇 すごく面白い

京劇演目紹介《大保国・探皇陵・二進宮》(《龍鳳閣》)[前編]

2024/04/11更新

 

垂簾聴政の妃と忠義の臣下ふたり

生・旦・浄の華麗なる唱の応酬

 

 

 《大保国》《探皇陵》《二進宮》で演じられる芝居、またの名を《龍鳳閣》。老生、青衣、花臉のすばらしい「唱」が堪能できる芝居です。

 二回に分けてご紹介します。今回は前編として《大保国》をどうぞ。

 

《大保国》

あらすじ

 明代穆宗崩御後、李艶妃が幼い太子に代わり政治を執り行っていた。李艶妃の父・李良は国家簒奪を企み、太子が成人するまで自分に任せるよう奏上する。

 定国公・徐延昭と兵部尚書・楊波は李艶妃に諫言するも聞き入れられず追放される。

 

徐延昭(定国公)浄

李艶妃(太后)旦

楊波(兵部尚書)老生

李良(李艶妃の父・太師)浄

 

《大保国》李艶妃(右)に諫言する徐延昭(中央)と楊波(左)

 

解説

 李艶妃が登場。先帝が崩御してまだ幼い皇太子の代わりに執政する日々の苦悩と憂いをじっくりとうたいあげる。

 李艶妃の実父・李良は「太師」という立場から皇太子が成人するまで自分が執政することを上奏する。李艶妃は天子の剣・尚方剣を李良に貸し与えて、文武百官に同意を示す書判を集めるよう命じる。

 国家簒奪を密かに企み、さっそく書判集めに赴く李良。

 まずは文官、ここは終始舞台向かって右の幕内の方へ語り掛けるやりとりとなる。

 文官らは反発の声をあげるも剣をかざして迫る李良に逆らえず従う。

「しばしお待ちなされ!」

「何者か?」

「兵部楊波!わたくしは書きません。参内して上奏いたします」

 次に舞台向かって左へ移動、諸侯らに書判を求める。こちらでも幕内とのやりとり。文官らと同様反発されるも李良は剣をかざして承諾させる。

「しばし待たれい!」

「何者か?」

「定国公、徐!わたしは書かぬ、参内して上奏いたす」

 ここでは声だけでまだ登場していない楊波、徐延昭。この幕内のやりとりだけですでに客席から「好」が飛んできます。

 

 李良は李艶妃のもとに戻り楊、徐のふたりからは書判を得られなかったことを報告。李艶妃はふたりを召し出す。

 幕内から「領旨!」と一声ののち徐延昭が登場。

 開国の忠臣として賜った銅錘を腕に抱える徐延昭。ちなみに「唱」を主とする花臉が「銅錘花臉」と呼ばれるのはまさにこの姿から。

 国の混乱が目に見えて怒り心頭の徐延昭。

「閣下、お待ちください」

「何者か?」

「兵部楊波」

「早く参れ」

「ただいま!」

 楊波が登場。

「あの李良めは宝剣を抱えておる。賊が帝王のふりをしおって」

「あなたさまが賜りし銅錘、上は暗君を打ち下は讒臣(讒言して主君におもねる臣下)を打ち、朝廷文武百官を抑していらっしゃいました。尊くないはずがありましょうか。あなたさまはそもそもが開国の忠臣」

 ふたりは意気投合、思いをひとつに参内する。

 李良が楊波が行くのを憚ろうとするも「んー!」とにらみつけて唸る徐延昭。その迫力に李良は引っ込む。

 

 楊波がこの明朝が今の太平に至るまでを説き始め、続いて徐延昭が身をもって語る。今を昔のことになぞらえて諫言する徐延昭に聞く耳をもたない李艶妃。徐延昭は楊波を再度上奏させることにする。

 招かれた楊波をまた遮ろうとする李良。「ん-!」と唸ってにらみつける徐延昭。李良はおとなしく席に戻ると楊波が奏上する。

 中華を統一した秦を倒した漢の高祖の話に始まり、漢は王莽によって国家を簒奪されて、腹心の蘇献が支配することになる。

「太師はかの王莽と同じでございます」

「わたくしには蘇献のような腹心はおりませんが」

「田子裕なる者は常々そなたのもとに行き来している、それすなわち腹心の者ではありませぬか」

「あれは取るに足らない小役人。腹心足り得ぬ」

「足りまする」

「足らぬ」

「足り得まする」

「足らぬわ」

楊波と李良、お互い譲らず。

「足らぬであろう」

李良に同調する李艶妃。

「足る!!」

高い大声を上げる徐延昭。

「ああ、足る。足る足る」

徐延昭の雄叫びに仕方なく認める李良。

 

 楊波は次いで唐を滅ぼした五代後梁の初代皇帝・朱全忠の話に触れる。

「わが朝廷には仁義に厚い父娘、いかに先の王朝の讒臣たちに比べられよう」

「わが朝廷の仁義に厚い父娘の話ではござらん。太師はかの梁王の朱温(朱全忠)とたいして変わらぬ」

 徐延昭は再び楊波に奏上を求める。相変わらずそれを遮ろうとする李良を唸ってにらみつける。

 楊波は次に北宋の太祖・趙匡胤と弟にあたる趙光義の帝位継承の話に触れる。

「わたくしが支配権を譲らず居座るというなら責めを受けて牢に入りましょうぞ」

「何を仰るか。あなたのような(口先だけの)方が入られるものか」

「入られる」

「入られませぬ」

「入られる」

「入られませぬ」

「入られるぞ」

楊波と李良、お互い譲らず。

「入られるであろう」

李良に同調する李艶妃。

「入らぬ!!」

高い大声を上げる徐延昭。

「ああ、入らぬ。入らぬ入らぬ」

徐延昭の雄叫びに仕方なく認める李良。

 

 楊波の奏上に対して頑なな李艶妃。自分が執政することに何の妨げがあるのかと李良。

「閣下、あの奸賊をぶちのめしては」

「打つか」

「打ちましょう」

よし!とばかりに李良の服を掴む徐延昭。正義の銅錘を振り下ろす。

「うわあ!閣下!お許しください~」

「皇族を打つとは何事か!」

怒る李艶妃に憤然と答える徐延昭。

「わたくしが打っているのは国を脅かし皇位簒奪を企む奸臣でございます!」

「閣下、おやめください」

一応止めに入る楊波、どさくさに紛れて李良を足蹴り。客席から笑いが起こる。

 

 論功の上に父はこの地位にあるという李艶妃の言葉を受けて、楊波は功労簿を手に取り確認する。

「奸臣の名なぞありましょうか」

徐延昭に話しかける楊波の傍らから李良がのぞき込む。

「ほらほら、一番上にありましょうぞ」

調子よく話しかけてくる李良に楊波と徐延昭は二人揃って

「フン!(呸!pei)」

と投げつける。

 

 ここからは李艶妃と徐延昭のふたりの掛け合い。

李「老王さまはそなたに権限を大きく与えすぎたのではないか。わたくしの心は落ち着かない」

徐「官位の大小はもともとわたくしの功労によるもの。太后さまから与えられたものではございません」

李「地が天を侮れば稲は生じず」

徐「天が地を侮れば苗は生えず」

李「臣下が君主を侮れば斬られるべき」

徐「君主が臣下を侮れば太平ならず」

李「弟が兄を侮れば家の秩序かなわず」

徐「兄が弟を侮れば家を分かつ」

李「子が父を侮れば雷に打たれ死ぬ」

徐「父が子を侮れば家から逃れる」

李「わたくしの国はわたくしにかかっている」

徐「半分は天子半分は臣下に」

李「そなたが国を支配するのか」

徐「我々は簒奪の逆臣ではありません」

李「どうしても譲らせたいのだな」

徐「できるわけがございません」

「ではこの玉璽で打ちつける!」

玉璽を掲げる李艶妃。

「銅錘で粉々にしますぞ!」

銅錘で打ちかかる徐延昭。

「お待ちください。いにしえより臣下が君主を打つなどと道理がございましょうか」

楊波は徐延昭を止めに入る。

 李艶妃からふたりは朝廷追放の沙汰を下される。徐延昭は怒りと無念が入り混じった笑い声をあげながら退場。

 李良は思惑通り事が運んだことにほくそ笑むのであった。

 

《探皇陵》《二進宮》につづく!

 

鑑賞 京劇《大保国》

 天津市青年京劇団の公演です。心得ているお客さんの反応も併せてどうぞ…とご紹介していましたが現在非公開になっています。

 耿其昌が見事にうたいあげる場面をどうぞ。

youtu.be

 

徐延昭:孟広禄

楊波:張克

李艶妃:趙秀君

2016年 天津・中華劇院

京劇《大保国》20160416

youtu.be

0:03:35 李艶妃の第一声

0:06:30 李良 登場

0:10:35 李艶妃[二黄慢板]

0:16:10 李良が宝剣を手に文武百官に署名を求めに行く

0:17:45 文官らが従う声 幕内より「且慢!(お待ちください!)」

0:19:48 武官らが従う声 幕内より「且慢那!(しばし待たれい!)」

 李良が宝剣を盾にして文武百官に署名を迫る中、文官の楊波と建国の忠臣・徐延昭は拒否。まず幕内から台詞のみが聞こえてくるところ。その声だけですでに拍手が。

0:21:42 「領旨!」徐延昭 登場(客席から「好」が飛んできます)

 口先三寸で宝剣を持ち出す李良に怒り心頭、上奏せねばというところ。

0:24:42 「千歳慢走(閣下、お待ちください)」との声に誰かと問うと「兵部楊波」

0:25:17 楊波 登場

0:27:38 忠義に官位は関係ない「随我来(ついてまいれ)」[二黄原板]

0:30:06 銅錘をかざす徐延昭

0:31:54 ふたりで合唱「商量」

0:34:43 楊波の上奏[二黄慢板]からの[快三眼]

 京胡の高速演奏に「好」が飛びます。唱詞は「-i」と韻を踏んでます。

0:39:30 徐「国太!」李「皇兄」徐「大明坐江山!」李「奏来」徐「容奏」[二黄原板]

0:40:40 [二黄原板]

0:42:02 李艶妃の合いの手

0:43:00 ふたり再集結

0:43:45 李良を威嚇するふたり

0:44:12 楊波[二黄原板]漢の王莽の国家簒奪の話

0:46:12 「算得」「算不得」

0:47:18 徐延昭の諫言を聞かず

0:49:27 楊波に振る

0:50:02 李良が入ってくる

0:50:20 楊波の諫言「-ang」で韻を踏んでいます

0:52:30 「発不得」

0:53:47 「呸(pei)!」

0:54:33 李艶妃「住了!(やめなさい)」

0:56:37 皇族を打つとは何事かと咎める李艶妃、皇族ではなく奸臣だと返す徐延昭、おやめくださいと言いながら李良に蹴りを入れる楊波。

0:58:32 功労簿に一番に名前があると主張する李良に「呸(pei)!」

0:59:10 [西皮原板]李艶妃と徐の被せるような緊迫した唱のかけあいののち、玉璽をかざす李艶妃と銅錘で殴りかかろうとする徐、ここで楊波が止めに入ります。

1:03:33 三笑、歯嚙みしながらの退場!

 

《探皇陵》《二進宮》につづく!