中国京劇雑記帳

京劇 すごく面白い

京劇演目紹介《紅娘》

四大名旦のひとり・荀慧生の代表作

正直でかわいいキューピット

 

 

 

あらすじ

 唐朝貞元年間。

 相国の娘・崔鶯鶯は母に従って亡き父の法要のため、河中府の普救寺に逗留する。
 書生の張君瑞は友人の白馬将軍・杜確を訪ねる道すがら、崔鶯鶯に出会って一目ぼれする。
 賊軍が寺を取り囲み、首領の孫飛虎は崔鶯鶯を差し出すよう迫る。事態を解決した者に娘と結婚させるという崔夫人の言葉を聞いて、張君瑞は杜確に救援を頼み包囲を解く。一介の書生を婿に迎えたくない崔夫人はふたりを兄妹としてしまう。

 崔鶯鶯の侍女・紅娘は張君瑞に同情して崔鶯鶯との間を取り持つ。ふたりの密会を知って怒った崔夫人は紅娘を折檻するが、崔夫人にこそ非があると弁明される。ふたりの結婚は認めることとなり、張君瑞は官吏登用試験を受けるために都へ向かう。

 

紅娘(崔鶯鶯の侍女) 旦

張君瑞(書生) 小生

崔鶯鶯(崔相国の娘) 旦

琴童(張君瑞の書童) 丑

崔夫人・鄭氏(崔鶯鶯の母) 老旦

惠明(普救寺の和尚) 浄

孫飛虎(反乱軍の首領) 浄または丑

法本(普救寺の長老) 生

法聡(普救寺の小和尚) 丑

杜確(張君瑞の友人:白馬将軍・蒲関守将) 生

 

ポイント

 棋盤を手に張君瑞を崔鶯鶯のもとへ誘う場面が特に有名。

 明るく可愛く細々と動き回る娘役は荀派(荀慧生)の持ち味。紅娘の台詞は口語に近くて親しみやすい。

 もとは元の王実甫による雑劇『西廂記』。陳墨香(1884-1943)ら劇作家が意見交換を交えて王実甫《西廂》と昆曲《佳期》《拷紅》を参照、制作。1936年旧暦10月22日北京にて初上演。棋盤を持つ動きなどは荀慧生の創作で、”活紅娘”と呼ばれて好評を博した。

 ちなみに京劇《西廂記》では崔鶯鶯が主役、唱が中心で張派(張君秋)の代表作。

 

 

第一場 驚艶

 書生の張君瑞は友人の白馬将軍・杜確を訪ねる道すがら普救寺に立ち寄る。

 案内の小坊主に西廂には行かないよう長老が告げているのを小耳にはさみ、気になって訊いてみると法要で逗留している崔相国の娘の寝所とのこと。

 そこへ崔夫人が気晴らしにと促された崔鶯鶯と侍女の紅娘が花園に訪れる。

 物陰に隠れて様子をうかがう張君瑞。蝶を捕まえようと奮闘する紅娘を挟む形で張君瑞と崔鶯鶯が顔を合わせる。しばし見つめ合うふたり、その様子をうかがう紅娘。崔鶯鶯は長老に法事の期日を確認するよう紅娘に言ってその場を離れる。

 長老から期日が今日だと聞いて急ぎ戻ろうとする紅娘を張君瑞は呼び止めて自己紹介をする。突然声をかける無礼な行いを咎めて紅娘が去った後、張君瑞は滞在して亡き母の焼香を行いたいと長老に申し出る。

 

 

第二場 許婚

 法事の期日を聞いて亡き父を思って嘆く崔鶯鶯。慰めに紅娘は花園で見かけた書生から呼び止められたことをものまねをしながら報告する。

「占い師でもないわたくしに生年月日を聞かせてどういうこと?と思っていたら、かしこまって『小生、いまだ妻は娶っておりません』ですって!可笑しい話ですよねお嬢様」

 明るく無邪気に話す紅娘の話に微笑む崔鶯鶯。

「…このこと、お母様にご報告したの?」

「しておりませんでした。ただちに行って参ります」

「待って。もういいわ」

「いいんですか?」

 ちょうどそこへ崔夫人が現れて、三人で法事の場に向かうと長老が張君瑞を連れて訪れる。崔夫人に挨拶して縁戚でもないのに焼香しようとする張君瑞。

 「お嬢様、あれです本の虫ですよ」

 紅娘が崔鶯鶯に伝えていると、小和尚が突然飛び込んでくる。

 賊軍に寺が包囲されてしまい、首領の孫飛虎は三日以内に崔鶯鶯を差し出さねば皆殺しにするという。窮した崔夫人は事態をおさめた者に娘との結婚を許すと宣言する。それを聞いた張君瑞は、友人の白馬将軍・杜確へ救援を求める手紙をしたためる。

 腕に覚えのある寺の和尚・惠明は危険を冒して賊兵の包囲を破り手紙を届けに行く。

 

 

第三場 悔婚

 孫飛虎が寺を囲んでいるところにさっそうと白馬将軍・杜確が駆けつける。惠明の活躍もあり孫飛虎を見事倒すのであった。ここは立ち回りが堪能できる場面。

 杜確を労って見送った後、張君瑞は崔夫人から招待を受ける。

「明日こそ一献勧められて、きっとお嬢様と華燭の典をあげることになるぞ」

 紅娘が手紙を手にして張君瑞のもとへ訪れる。[南梆子]はききどころ。

 崔夫人の招待を受けた張君瑞。崔鶯鶯、紅娘が揃って祝いの酒を酌み交わさんとするときに崔夫人が崔鶯鶯に言葉をかける。

「娘よ。これからふたりは兄、妹と呼び合うことになる。さあさあ、張家のお兄様にご挨拶しなさい」

青天の霹靂、唖然とする三人。

「娘には幼いころよりのいいなずけがおりまして…」

「賊が退いた今、後悔してわたくしをたばかったのですか」

「ああ、どうやら酔ってしまわれたようですね。紅娘、張先生はお帰りです。娘よ、わたしを連れて行っておくれ」

 崔鶯鶯は暗い面持ちで崔夫人とその場を退出する。

 

     崔夫人の理不尽な態度に怒る紅娘。何か良い手立てはないかと相談する張君瑞と急ぎ書斎に向かう。紅娘が傍らで墨を摺り、張君瑞が思いの丈を手紙をしたためる。その手紙を預かる紅娘だが肝心の崔鶯鶯に気持ちがあるのかわからない。

 ふと目に入った琴を見てひらめく。張君瑞は琴が得意だという。

「お嬢様は琴の音がお好きなの。いつもわたしに仰ってたわ。昔、司馬相如が卓文君の心をつかんだ曲、凰…なんとか…」

「『凰求鳳』!」

 前漢文人・司馬相如が宴会で披露した琴の演奏に心惹かれた富豪の娘・卓文君の逸話にある琴曲『凰求鳳』。

「そう!それ!お嬢様は必ず花園で焼香なさるの。わたしが咳払いするからその時に弾いてください。手紙をお渡しするのはお嬢様の様子を見てからです」

 

 

第四場 琴心

 いつも通り花園で焼香したのち、戻ろうとする崔鶯鶯を引き止めて紅娘は咳払い。張君瑞が琴をつま弾きながらうたいだす。

「紅娘。琴を弾いているのはどなた?」

「たぶん張生ですわ」

 琴の音に聞き入る崔鶯鶯。その様子から心中を推し量る紅娘。

「お嬢様、琴はいかがですか?」

「ええ…でもお母様が…」

苦悶の表情の崔鶯鶯。

「お嬢様、奥様のことでございますか?」

「これ以上は口にしないで。さあ戻りましょう」

崔鶯鶯が去った後、向こうにいる張君瑞に声をかける紅娘。

「明日はわたしの良い知らせをお待ちになってくださいね」

 

 

第五場 伝柬

 崔鶯鶯が部屋でひとり、張君瑞との関係と母の考えに悩むこころの内をうたいあげたのち、紅娘が戻ってくる。

「どこに行っていたの?」

「このところすごく忙しいんですよお嬢様。奥様がお客様を招いてお酒を召し上がって『これからふたりは兄、妹と呼ぶように。お兄様にご挨拶しなさい!』…ってお嬢様お笑いになっています?」

 崔夫人のものまねに思わず笑みをこぼす崔鶯鶯。

「そのお兄様、どれほど哀れか…」

「ふざけるならお仕置きよ」

「お嬢様、お兄様はお可哀そうですね!」

跪く紅娘。

「相変わらずやんちゃなのだから。お立ちなさい。さあ、髪を梳いてちょうだい」

 髪を梳くため鏡に向かう崔鶯鶯の後ろに立つ紅娘が、崔鶯鶯の顔の横から横へぐるりと手紙をちらつかせる。その動きが可笑しく可愛らしいところ。

「紅娘」

「はい」

「何を持っているの?」

「何もございません」

「わたくしは見たわ」

「ああ!ご覧になりましたか?どうぞ!」

差し出された手紙を見る崔鶯鶯。

「この手紙はどこから来たの?」

「さあ、全くわかりません」

「まあ!わたくしをからかうような手紙を誰が書くというの?お母様にご報告する前にお仕置きよ」

「この手紙は張生が書いたものです。何が書かれているのかは存じません。お嬢様の意に染まないのでしたら奥様に訴えに参ります」

 崔鶯鶯は紅娘を許して手紙をしたためる。

「これはご挨拶で兄妹としての礼節、それ以外の意味はないものです。さあ、お行きなさい」

「行きません」

「行かない?」

「おふたりのためなら行きます。そうじゃないなら行きません!」

「本当に仕方ないわね。わたくしは知りません」

手紙を地面に投げてその場を去ろうとする崔鶯鶯。

 紅娘は手紙を拾いあげ、張瑞君のもとへ持っていく。そこには一片の詩が記されていた。張君瑞はその詩に「夜に忍んで来るように」という意味があると解釈して喜ぶのであった。

 月を待つ西廂の下

 風を迎え 戸 半ば開く

 墻を隔てて 花影動く 

 疑うらくは是れ 玉人の来たるかと

 

 

第六場 逾墻

 崔夫人と崔鶯鶯が花園に訪れる。香台の準備と庭の門を閉めるよう崔夫人に言われた紅娘。張君瑞が来ているか密かに確かめる。張君瑞と落ち合ったものの崔夫人に呼ばれて「墻を隔てて」との言葉通り塀を越えてくるよう伝えて紅娘は締め出す。

 張瑞君は言葉通りに高い塀を飛び越えてるもその物音に驚く崔夫人。自分で様子を見に行こうとすると「犬がいますよ噛まれます!」と紅娘に止められて促されるまま崔夫人は寝所に戻る。

 「月が冴えわたって美しく、星の光が池の水面に映って将棋の盤のようだわ。持ってきて将棋をさしましょう」

 崔鶯鶯に言われて棋盤を取りに行った紅娘は張君瑞のもとへ好機到来を告げる。

 身体を痛めたと嘆いていた張君瑞は途端に立ち上がり、紅娘に導かれて崔鶯鶯のもとへ誘われるこの場面は有名。

 

張君瑞に号令をかけて進む紅娘

 [西皮流水]

  棋盤の下に張君瑞を隠れさせ わたしの一歩一歩の足取りで進み行く

  思い切っていきましょう 息を堪えて声を潜めて恐れずに

  わたしの心は麻の如く千々に乱れるけれど 風流な美談ではあるわね

  さあ号令を聞いて 決してお嬢さまを驚かせることないように

 

 崔鶯鶯の近くまで来た張君瑞。紅娘は崔鶯鶯と将棋をする傍らで、もう少し待ってなさいとばかりに張君瑞を追い払う動きが可笑しい場面。

 将棋はやめて焼香しようと崔鶯鶯は紅娘に香台を用意させる。

 願いを込めて線香を立てる崔鶯鶯。第一に父の埋葬が無事終わりますように、第二に母が健康長寿でありますように、第三に…。

「想いびとと華燭の典を挙げられますように~」

紅娘の声と共にそばに跪く張君瑞。

「小生、拝しまする~」

「ああ張…」

張君瑞と対面した崔鶯鶯は急に我に返って顔を背けてあわてて隠す。

「紅娘!どなたなの?!」

「小生は張珙、ここにおります」

「張君瑞!」

顔を背けたまま険しい様子で名を呼ぶ崔鶯鶯。

「返事なさい!」

「はい!」

紅娘に命令されて(?)返事をする張君瑞。

「自室で勉学に励まずして夜更けにここにいるとはどうしたことですか」

「お招きを受けてのこと、どうかお許しください。西廂の下で待つ、お忘れですか?」

「わたくしたちは兄と妹。他意はございません。どうぞお帰り下さい」

 逢瀬は大失敗に終わる。

 

 

第七場 佳期

 張君瑞は思い悩んでとうとう寝込んでしまう。

「お嬢様が自ら処方箋をお書きになりました」

紅娘が携えてきた手紙を見て喜びのあまり病が癒えた張君瑞。記された詩の意味するところ今夜、崔鶯鶯が訪れるという。

 紅娘に連れられてきた崔鶯鶯は張君瑞と共に部屋に入っていき、紅娘は締め出されてしまう。

 門前で紅娘がふたりの幸せを思ってうたうところはききどころ。

[反四平調]

  お嬢様はとても素敵で張瑞君は優雅で才能がある

  色恋のために千金を費やすことはない

  月は花の落とす影を移し 玉のように艶やかな人は来る

  今夜お互いの恋煩いにきまりをつけて 恋仲のふたりは愛に満ち溢れる

  大奥様は婚姻を破棄して 良き結婚生活は無残にも打ち砕かれてしまった

  日々思い悩むお嬢様と病で棒のように痩せていく張瑞君をごらんなさい

  奥様のどんなに厳しい家法でも

  このわたしがふたりを円満にしてさしあげます

 

 

第八場 拷紅

 ふたりの密会を知って怒り心頭の崔夫人は紅娘を呼び出す。崔夫人から折檻を受けて次々と詰問されて経緯を話す紅娘。

「もう打たぬ。立ちなさい。さあ役所へ参るぞ」

「わたしが何か罪を犯しましたか?家柄が釣り合わないと仰いますが孫飛虎に差し出されていればお嬢様の貞節は守られませんでした。約束を違えたこそ体面を損なうことになるのではありませんか。きれいさっぱり、おふたりをお認めになればよろしいのです」

 弁舌鮮やかな紅娘の正論に返す言葉もない崔夫人。張君瑞と崔鶯鶯のふたりは結婚を認められることになる。張君瑞は官吏登用試験を受けるため、都に向かうことにする。

 

 

鑑賞

荀派の名優たちが勢揃いの舞台

京劇《紅娘》2時間2分22秒

2007年録画 北京・長安大戯院

 紅娘:宋長栄(1935-2022)

    孫毓敏(1940-2023)

    龔蘇萍

    耿巧雲

    唐禾香

    常秋月

    續麗雯

 張珙(君瑞):宋小川

 崔鶯鶯:徐暢

 崔夫人:張静

 法本:顔世奇

 法聡:張亜寧

 惠明:顧謙

 孫飛虎:蔡景超

 杜確:兪雷

 琴童:趙志強

  司鼓:李中華 操琴:周志強

 

youtu.be

0:07:30 常秋月《驚艶》《許婚》

0:42:50 唐禾香《悔婚》「一封書」

0:57:05 續麗雯《琴心》

1:06:51 龔蘇萍《伝柬》

1:21:50 耿巧雲《逾墻》 1:27:03「叫張生」

1:38:27 孫毓敏《佳期》

1:50:48 宋長栄《拷紅》