中国京劇雑記帳

京劇 すごく面白い

中国映画「北京好日」(原題:找楽) 京劇と1990年代の北京の風情

2024/01/13更新

 

 京劇が題材の中国映画「北京好日」( Looking for fan )は1992年制作、翌年公開されました。

 描かれているのは華やかな役者や舞台ではなく市井のご高齢の方々。うたい演じて談議して楽しむ「戯迷 xi mi」という京劇愛好者たちです。

 

 

 その生き生きとした姿は然もありなん、出演するほとんどの方は素人、というか本物。当時、街で実際に楽しんいる方々。1990年代初頭の北京が舞台で、当時の風情が存分に味わえます。

 中国語の原題は「找楽(zhao le)」、同名の陳健功の小説が原作です。

 監督の寧瀛(Ning Ying)は女性。文化大革命の終焉後に再開した北京電影学院で学んだ「第五世代」と呼ばれる時期の監督です。イタリアへ留学していたこともあり、1987年に公開されて第60回アカデミー賞を受賞したベルナルド・ベルトルッチ監督の映画「ラストエンペラー」では助監督を務めました。

 主演の黄宗洛は老舎の「茶館」の舞台に立つ俳優で、董さん役の韓善続も北京人民芸術劇院の俳優です。男旦の喬万友を演じていた黄文捷は映画「ラストエンペラー」にも出演しています。管理員役の莫岐は北京市曲劇団で「双簧」( shuang huang )という二人羽織芸の達人です。

 

 

あらすじ

 劇場管理人の韓は退職後、青空のもと集って京劇を楽しんでいる老人たちを見かけて中に入り一目置かれる。

 仲間に加わった韓は天候に左右されることなく皆が練習できるよう責任者となり、老人京劇団としての活動拠点を作る。

 芸術指導員を迎えて活動は活発になり、お祭りで上演するまでになるが入賞はできなかった。

 再び稽古をしている最中、韓は仲間と大喧嘩になり劇団から去ってしまう。

 その後、活動拠点の建物が取り壊されることになる。韓は青空のもと京劇を楽しんでいるいつもの老人たちのところへ再び足を向ける。

 

春節の廟会の風景

 

鑑賞

中国映画「北京好日」Looking for fan(原題:找楽)

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解説

 主に題材になっている京劇について少し解説します。

 北京・珠市口の劇場で上演されているのは京劇《十八羅漢斗悟空》。

 

 

 劇場管理人の韓さんは退職の日を迎えてわずかな荷物と亡くなった奥様の写真を手に劇場を去り(ほろりとします)、翌日からは特にすることもなく北京の街を歩きます。当時の街並みのほか昔ながらの路地「胡同」の様子もうかがえます。

 胡同で大八車で物を運んでいるところがありますが、ピラミッドのように積まれている黒いものは練炭です。当時もよく見かけました。(0:29:04~)

 銭湯「新華男女浴池」でハンデを持つ少年•何明に語りかけている場面で韓さんが口ずさんでいるのは京劇《空城計》。(0:33:58~)

 

 

 韓さんがご高齢の方々が集っているところを見かける場面では木の枝に吊るされた鳥かごが見えます。当時、人民服を纏ったご高齢の方が布で隠した大きい鳥かごを大きく振って歩いているのをよく見かけました。聞くところによると鳥の運動になるのだとか。布で隠すのは驚かさないためらしいです。

 

 

 元国家幹部・喬万友さんがうたっているのは《玉堂春》(0:34:13~)。ガラス瓶を手にしていますが、茶葉が入っていてお湯を継ぎ足して飲みます。北京の気候は乾燥しているので水分補給は重要です。

 

 

 皆がもめているのは《玉堂春》の最後のところ。「揺板」のうたい方を梅蘭芳、程硯秋、尚小雲がどのように味付けをしたかを韓さんが講釈しています(0:37:26~)。

 韓さんが奔走して晴れて老人京劇団が結成された後。董さんが練習しているのは京劇《鍘美案》(0:49:58~)。

 

 

 芸術指導の楊先生を迎えてますます活発になった老人京劇劇団は廟会での上演、入賞を目指します。廟会とは春節旧正月を祝うお祭りのことです(0:57:58~)。

 舞台では評劇をやっているようですが、その裏で上演準備をしている最中、取材されるご老人たち。(1:00:31~)

 次から次へとインタビューに答えて話がとびとびの中、董さんは熱弁。「京劇のうたにはすべてがある!愛人囲うヤツには《秦香蓮》、親不孝には《清風亭》、非難には《撃鼓罵曹》、不当な上司には《強項令》!」(1:03:01~)。

 

董さんのメイクはこちら

 

 うたうには肺活量がいるし動きは身体を使うから健康にいい!と力説するおじいさんの横で、ちょっとうたってもいい?とうたいだすおじいさん(1:04:57~)。うたうのは京劇《黄鶴楼》、またの名を《三気周瑜》の一節。

 三国時代荊州を返すよう周瑜から迫られて黄鶴楼に呼び出される劉備諸葛亮が策を講じる中、なんの相談もなく何を企んでいるんだと張飛が登場してうたう場面です。

 元気よくうたを披露するおじいさんのうしろで武場(打楽器)担当のおじいさんたちが「ダ(大 da )ダダダ!」「ツァン(倉 cang )ツァイ(才 cai )タイ(台 tai )ツァイ!」と元気に声を出している姿がまたなんともいいですね。

 

 

 京劇《鍘美案》の上演が始まり、韓さんの演出(?)が熱を帯びます。エスカレートしてヒステリックに叫んでいるところに楊先生が一喝。ばつが悪くて黙り込んでしまいます。結果は入賞ならず。帰り道、皆慰めあっているところに韓さんは不満の声をあげて帰ります。

 再び活動を始めた老人京劇団。うたっているのは京劇《覇王別姫》。剣舞をする場面の曲牌「夜深沈」は京劇《撃鼓罵曹》だと太鼓を叩きます。(1:10:15~) 

 

 

 置かれている黒板には《覇王別姫》《女起解》《盗御馬》《拝山》《大登殿》《罷宴》《白門楼》《文昭関》などの演目が書かれているのが見えます。(1:12:04~)

 練習をしている最中、董さんはうたい出しが遅れるのを指摘されます。韓さんの芝居への情熱と責任感の強さからいろいろ口を出してくるのをうるさく感じていた董さんはたまりかねて大喧嘩に発展。飛び火して大騒ぎになっている傍らで我関せず、月琴を弾き続けるおじいさん、カセットテープレコーダーを耳にあてているおじいさん、外れたボタンをつけるため針に糸を通そうと奮闘しているおじいさんたちなど各々の姿もあり思わず笑ってしまいます。

 劇団を飛び出した韓さんは後でこっそり様子をうかがいに来ますが、建物の取り壊しが決まり、再申請するにも手続きが大変で難しいと皆が話しているのが耳に入ります。

 青空の下に集まって相変わらず京劇を楽しんでいる老人たち。韓さんは再び彼らのところへ向かうのでした。

 

出演

韓頭:黄宗洛 喬万友:黄文捷 董頭:韓善續 何明:何明 馮老:馮世華 王老:王叔養 管理員:莫岐 禿子:楊金声 白老:白大鵬 曹老:曹鑫生 常老:常来福 南老:南致祥 崔老:崔慶詩 李老:李頡 王老:王少豊 肖老:肖志彬 大宝:紀軍 二丑:王軍 管衛生老頭:曹増銀

 

京劇《黄鶴楼》

 こちらは取材中《黄鶴楼》の一節をうたいだしたおじいちゃんがうたったところからご覧になれます

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