2024/04/27更新
盗まれた皇帝の馬を巡る
侠客たちの因縁の対決
封建的な圧力をかけたり汚職に手を染めることなく職務にあたる清廉潔白な官僚を「清官」といいます。清官が活躍する「公案小説」とは事件の取り調べや解決に関する裁判物語のことです。
「緑林好漢」とは山林を拠点として官憲に反抗する英雄豪傑たちのこと。侠客たちの物語「武侠小説」が清末には「公案小説」と合わさり、清官が侠客や義士を統率して悪を暴き善良な民衆を守る物語に進化します。
『包公案』は宋の包拯。庶民に大人気で京劇でも多くの演目があります。ほかに清・彭鵬の『彭公案』、清・施世綸の『施公案』、明・海瑞の『海公案』があります。
「清官」といえばこの御方!
今回ご紹介するのは『施公案』、黄天覇という侠客の物語です。ちなみに黄天覇の父・黄三太が登場するのは『彭公案』。京劇《三盗九龍杯》という芝居では黄三太と盟友・楊香武が活躍します。この演目についてのご紹介はまた改めて。
あらすじ
清代康熙年間。
山賊が集う「連環套 Lian huan tao 」という砦の頭目・竇爾墩 Dou Erdun は、かつて勝負の際に不意打ちを受けて負けたことから豪傑・黄三太 Huang Santai に恨みを持っていた。
大尉の梁九公が皇帝から賜った馬を携えて長城以北の地へ狩りに行くと物見から報告を受けた竇爾墩は、黄三太を陥れるため、深夜に押し入って馬を盗み出し黄三太の名を書き残して去る。
しかし黄三太はすでに亡くなっており、黄三太の息子・黄天覇 Huang Tianba が捜査にあたることになる。黄天覇は用心棒に扮して連環套を訪れて竇爾墩と対面する。竇爾墩から盗まれた馬を見せられた黄天覇は正体を明かして馬を返すよう迫る。決着をつけるため、ふたりは翌日果し合いをすることになる。
黄天覇の友人・朱光祖 Zhu Guangzu はその夜、連環套に忍び込む。朱光祖によって密かに眠り薬を入れられた酒を飲んだ竇爾墩は眠り込む。朱光祖は竇爾墩の武器・双鈎を盗む。代わりに黄天覇の刀を竇爾墩が眠っている傍らに突き刺して置いていく。
翌日、竇爾墩は隙があったにもかかわらず寝首を掻かれなかったことから自身の負けを認める。竇爾墩は盗んだ馬を差し出して黄天覇に従うのであった。
竇爾墩(山賊の砦「連環套」の頭目) 浄
賀天龍(竇爾墩の手下) 武浄
賀天虎(竇爾墩の手下) 武浄
賀天彪(竇爾墩の手下) 武浄
賀天豹(竇爾墩の手下) 武浄
梁九公(大尉) 浄
彭朋(兵部尚書) 老生
巴永泰(平西侯) 浄
索乃(大理寺正卿) 丑
黄天覇(義士・黄天太の息子) 武生
朱光祖(黄天覇の盟友) 武丑
関泰(黄天覇の盟友) 浄
計金(黄天覇の盟友) 老生
何路通(黄天覇の盟友) 浄
データ
清代の小説『施公案』第七集第二回から九回、また十七回から三十四回。
楊小楼の代表作。侯喜瑞、裘盛戎、高盛霖、王金璐が得意とした演目。
京劇《連環套》は《坐寨》、《盗馬》、《拝山》、《盗鈎》と一連の場面で構成。
他に同州梆子、微劇、河北梆子などにあり。
解説
《坐寨》は竇爾墩が自身のことをうたうところがききどころ。
《盗馬》では馬を操るところなどの所作に注目。
《拝山》は黄天覇と竇爾墩との緊縛したやりとり、《盗鈎》は朱光祖の鮮やかな立ち回りがみどころ。
楊赤の唱をどうぞ
盗まれた馬の行方を追う黄天覇と仲間たちは用心棒に扮して連環套の一味・賀天龍と刀を交えて生け捕りにする。
黄天覇は賀天龍に危害を加えず、頭目の竇爾墩との対面を求める。助けられた恩義を感じた賀天龍は、難攻不落で厳重に守られた連環套への腰牌(通行証)を手渡す。
黄天覇は仲間の皆が止めるのを聞かず、武器を持たず丸腰でただひとり連環套へ向かう。腰牌により難なく連環套に入った黄天覇は賀天龍から出迎えを受ける。
竇爾墩は取り次ぎの者が持ってきた名刺に「黄」とだけ記されているのを見て一瞬、黄三太を想起する。勝負をした十数年前、黄三太は五十代、取り次ぎの者から相手は三十代ときいて別人だと安心して面会する。
竇爾墩と顔を合わせた黄天覇は馬を献上したいと持ちかける。しかし、竇爾墩はすでに疾風の如く千里を駆ける馬を手に入れていると明かして馬を連れてくる。それはまさしく盗まれた御馬であった。黄天覇は思わずその馬に飛び乗ろうとする。
「あれは御馬ではありませんか。手配書が出回り駆け回るのも叶わないでしょうに、なぜ?」
「ひとえに憎き宿敵を陥れるため。その名は黄三太!」
「黄三太はすでに亡くなっている。わたしは息子の黄天覇!」
この緊迫したやりとりはみどころ。
正体を明かして馬を返すよう迫る黄天覇は、竇爾墩から父との因縁の話を聞かされる。火花をちらす竇爾墩と黄天覇。英雄豪傑として改めて明日、一対一の果し合いで決着をつけることにする。
仲間のもとに戻った黄天覇。馬を取り戻そうにも厳重な守りにある連環套をどうしたらいいのか、仲間たちと話し合う。全て燃やしてしまえばいいと言う何路通に、砦も敵も燃えて肝心の馬まで燃えて元の木阿弥じゃないかと突っ込む朱光祖。結局、明日の果し合いにかけることにする。
朱光祖は黄天覇を助けるため、黄天覇の武器・鋼刀と腰牌を密かに手にして連環套に潜入して竇爾墩の様子を探ろうとする。
腰牌により難なく連環套に入る朱光祖の登場シーンはみどころ。
更に奥に入り込み、使用人が竇爾墩のもとへ酒を運ぼうとしているのをみとめる。
そっと忍び寄り、使用人が被っている帽子を取って遠くへ投げる。使用人が盆を置いて慌てて帽子を探している隙に酒の中に眠り薬を仕込む。ここは朱光祖がしゃがんだ姿勢で歩く動きが見事なみどころ。
無事、帽子を見つけた使用人は何も気がつかないまま酒を竇爾墩のもとへ運んでいく。
明日の果し合いを前に竇爾墩は酒をたしなむ。
竇爾墩のいる帳の後ろ、見上げる高さのところで真っ直ぐな倒立、ポーズを決めた後、竇爾墩が薬によって深く眠り込んだところを見計らってバク転して飛び降りる朱光祖、みどころです!
朱光祖は壁に掛けられた竇爾墩の武器・双鈎を持ち出す。
名前を呼びかけるも一向に起きる様子のない竇爾墩。馬を盗んだ罪の報い、いま殺してしまえば黄天覇は戦わずして勝利を得られる…そんな考えがふと頭をよぎる朱光祖。
しかし英雄・黄三太の名を汚すようなまねをしてはならない、黄天覇の鋼刀を竇爾墩の眠っている傍らに突き刺す。代わりに壁に掛けられた竇爾墩の武器・双鈎を朱光祖は持ち去る。
しばらくして眠りから覚めた竇爾墩、目の前に突き立てられた鋼刀に驚く。
賊が忍び込んだことを手下に告げるもすでにもぬけの殻。残された刀を改めて見ると「金鏢黄」の文字が。愕然とした竇爾墩は手下たちにこのことを他言しないよう告げる。
一方、黄天覇は朱光祖が自分の鋼刀と腰牌を持ち去ってしまったことに困惑していた。戻ってきた朱光祖に詰め寄るが事のあらましを聞いて謝罪と感謝をする黄天覇。
拗ねる朱光祖に跪いて謝ろうとする黄天覇の場面は微笑ましいところ。
翌日、果し合いのため一堂が会する。竇爾墩は黄天覇から双鈎を返却されて、代わりに鋼刀を渡す。
朱光祖は昨夜の一連のことを黄天覇の行いだと告げて、竇爾墩へ負けを認めて従うよう諭す。ここの台詞はききどころ。
寝首を掻くことなく侠客として筋を通した黄天覇に従い、竇爾墩は馬を返して捕縛されるのであった。
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