中国京劇雑記帳

京劇 すごく面白い

コラム 京劇の観客に見る地域性 北京・天津・上海

記2002/08/04 2023/01/10更新

 

 中国はその広大さゆえに地方によって言葉や発音が異なっています。

 それぞれの地方の言葉によって演じられる芝居はひとくくりに「地方劇」と分類されます。言葉をはじめ、芝居の内容や表現にその地方の特色が反映されています。

 京劇は全国区ではありますが、芝居を鑑賞して育んでいく観客にこそ明確な地域性が表れています。

 演劇はそもそも人口が多くて消費傾向の強い大都市の娯楽です。京劇の三大中心地である北京、天津、上海。それぞれの都市の観客の反応で、よく聞いたのはこれ。

「北京は“冷静“(クール)」

「天津は”厲害“(怖い)」

「上海は”熱情“(優しい)」

 わたしも実感するところがあります。

 首都であり政治の中心である北京の観客は相対的に言うと静かです。

 これは行儀がいいとか無感動だというのではありません。いい芝居をすればもちろん「好!」という声は掛かります。おしゃべりはしていますが、みいっていることが多い気がします。

 天津の観客は厳しいです。

 しかしそれは芝居を愛すればこその厳しさ、「父性」とでも言いましょうか。とっくに芝居が始まっていても客席はざわついてまばら、おじいちゃんたちは劇場内を闊歩しています。しかし、ここぞというところで客席はビッシリ埋まり、いい演技に「好!」と狂いまくり、まだ全部終わってないのにあっさり帰るといった具合です。愛すればこそ、その鑑定眼は厳しい。天津に「今晩報」という新聞がありますが、地方紙といえども巡業できた役者がそこで評価されることはとてつもない名誉なのだそうです。

 上海の観客は天津の「父性」に対していうなら「母性」。三都市の中でも特に経済が発達しているためか、おおらかさを感じます。

 三都市の中でも南方に位置する上海。南方はたくさんの地方劇があり、上演される機会も多く、そういう意味では激戦区です。

 

1997年当時の上海・逸夫舞台

 

 そして、日本でいうと横浜のように近代になって開けた港町であり、新しいものに対して敏感で柔軟。それは京劇の風格にも反映されていて保守的な北京の「京派」とは対照的に上海は革新的で「海派」と呼ばれています。

 また、チケット代が三都市の中でも安く、それだけ庶民の娯楽リストに入っているのです。他の娯楽とも勝負している上に、芝居好きが見に来るので一見おっとりしていても鑑定眼はなかなかです。

 ただ、戯曲学校の子供たちの公演では御高齢の方々がワイワイしながらご覧になっているのはどこの都市でも共通しています。

 近代史とともに歩んできた京劇は、現在も時代と地域を映しつづけています。