中国京劇雑記帳

京劇 すごく面白い

コラム 京劇における「男旦」と「蹺功」

2023/07/10更新

 

 京劇において女性の役柄を「旦」といいます。

 「旦」が舞台を一世風靡していた民国時代、新聞の人気投票で選ばれた「四大名旦」はすべて男性でした。そのひとりが世界的に有名な梅蘭芳。当時はもちろん、近年でも映画などを通して知られている方も多いと思います。

 

 

 中華人民共和国成立後、特に文化大革命の頃になると芸術性よりも思想が重視されていきます。

 「男性は男性、女性は女性が演じるべき」という国家の方針で舞台からは徐々に女形は姿を消していきました。「四大名旦」ののちに言われた「四小名旦」のひとりである張君秋は、国家の方針に従って女性の弟子しかとりませんでした。

 

 

 裏声を使ってうたう「小生」も革命現代京劇の舞台から姿を消しますが文化大革命終息後、伝統劇の復活とともに再度現れます。「男旦」は梅蘭芳の息子・梅葆玖、荀慧生の弟子・宋長栄、「小生」から転向した温如華など。「票友」(京劇の愛好者)にもいます。一見普通のおじいちゃんが裏声でうたいあげる意外性にはひきつけられます。

 

 

 「男旦」について議論される中、さまざまな意見があります。

 男性が女性を演じるにあたり、男性の方が条件がいいと聞いたことがあります。一般的に男性は女性より声帯が大きく、肺活量も多いという身体的な面です。

 また、よほどの才能と力量がない限り女性が女性を演じる方が自然で美しいといった意見があります。「丑」(道化役)が演じる「彩旦」は、たいてい男性が女性役を演じます。不自然さや違和感が滑稽さに昇華されている役柄といえるでしょうか。

 

 「男旦」のほかに失われつつあった技として「蹺功」があります。

 つまさきを伸ばした状態で足裏を木で固定して布でグルグルに巻き、裾が長めのズボンを穿いて、つまさきには小さい靴を履きます。舞台の上では常につまさき立ちで動くので、見た目には小さい足になります。

 小さい足は纏足(てんそく)を表現しています。

 纏足とは漢民族の女性を中心とした古来からある風習です。幼児期から足を布で巻いて小さくするというものです。「三寸金蓮」という言葉で表されるように三寸(=10cm弱)の小さい足が美しいとされました。

 「蹺功」は纏足の姿を表している演技です。習得するのは並々ではなく、高度な技として評価する意見はあります。

 この技を実際にみたことがあります。しかも「男旦」によるもの。彼が登場した途端、客席はざわめいて皆の視線は足元に集中。劇中、その足を高々とあげてアピールするような仕草もありました。立っているだけでも大変であろうにフラフラすることもなく、チョコチョコと素早く小走りに歩くさまは愛らしい「花旦」の雰囲気に合っていたように思います。

 

↑こちらの舞台です
畢谷雲先生舞台生活六十年紀念演出専場
[2001年12月29日19時]
北京・人民劇場
《遺翠花》《武松打店》《樊江関》

 

 「武旦」となると、このつまさき立ちの状態で立ち回りをやります。実に信じがたいですが、人づてでご本人の話を耳にしたことがあります。

 鮮やかな立ち回りの後、軽やかに一本足で立って見得を切ると客席から嵐のような拍手が。鳴りやまないかと思われるほどの拍手がようやく落ち着き始めてもなお、その方は微動だにしなかったそうです。その見事さに客席からさならる大きな拍手が湧き起こったとのこと。その舞台の熱気はいかばかりだったでしょうか。

 

こちらで「蹺功」が紹介されています

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