中国京劇雑記帳

京劇 すごく面白い

變臉(変臉・変面) 川劇と名優・朱旭の主演映画と京劇と

2024/03/05更新

 次々と仮面を変化させる驚きの技「変臉」。

 日本では一般的に「変面」という名で知られています。これは四川省の伝統劇「川劇 chuan ju せんげき」でみられる芸能です。

 

 こちら川劇の《白蛇伝金山寺の場面。

 打楽器の音色、台詞まわしや衣装をはじめ立ち回りから変臉や吐火の芸など京劇とは味わいが異なります。

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京劇《白蛇伝》はこちら

 

    今回は地方劇「川劇」を題材にした中国映画『變臉 この櫂に手をそえて』と川劇の舞台をご紹介します。

 

京劇と地方の演劇についてはこちら

 

 

映画 『変臉 この櫂に手をそえて』

 原題:變臉 Bian lian 

 英語名:The King of Masks

 1996年制作

 監督:呉天明

 脚本:魏明倫

 原作:陳文貴

 變臉技術指導:劉忠義

 川劇芸術顧問:任庭芳

 

 残念ながら今のところDVDはなく、配信もされていないようです。名作なのになぜ?

 内容と感想を交えてご紹介します。ネタバレしたくない方は飛ばしてキャスト紹介へどうぞ。

 

物語

 小舟を住処に猿を連れている大道芸人變臉王(Bianlianwang)は仮面の早変わり術の達人。

 川劇の人気俳優で女形梁素蘭(Liang Sulan)は、お祭りで見事な芸を披露する王を見かけて深く感じ入り交流を持つ。梁素蘭から芸の継承のためにも梨園に入ってはどうかと勧められるが王は辞退する。

 

 (梁素蘭は当たり役の観音菩薩の姿で蓮子の台座の御輿に担がれて練り歩く最中、目にした道端で披露している王の芸に感服。売れっ子の有名人でありながら人気を鼻にかけることなく、芸能と王そのひとに対して実に真摯で謙虚なところがやはり一流)

 

 伝えるのは男子のみ、一子相伝の芸を伝えるため、子供のいない王は人身売買業者から男の子を引き取る。狗娃(Gouwa)と名付けて自分を「おじいちゃん」と呼ばせ、王は本当の孫のように溺愛する。しかし狗娃は女の子だったことが発覚する。男の子を装って性別を偽っていた。

 

 (背中を掻いてくれる狗娃に「孫の手」要らずと喜んだり、狗娃が病気のときは商売道具を質入れしてまで薬を買い求めて必死に看病したり、慈しみを受ける狗娃ともども幸せそうだったのですが…)

 

英語による映画予告

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 失望した王はもう一緒にはいられないとお金を手渡して狗娃を岸に残し、小舟を出す。行き場のない狗は離れていく小舟を追って川に飛び込む。王は慌てて狗娃を救い出し、そばにいることを許すが「おじいちゃん」と呼ばせるのは禁じる。

 

 (狗娃は今まで七回も売られてきた、掃除でも料理でもなんでもするから売らないでと泣きつきます。偽りとはいえ王と過ごした日々の暖かさとは正反対に今までどんな過酷な境遇にいたのか…。突き放しきれずに王は「親方」として関係に距離を置きます)

 

 王は狗娃に軽業を仕込み、猿回しや自分の芸を披露しながら共に旅をしていく。時にトラブルに見舞われる中、王は狗娃を連れて梁素蘭の芝居を観に行く。父王を救うために崖から飛び降りて観音菩薩になった娘の物語《観音得道》という演目で、梁素蘭は当たり役にちなんで「活観音」と呼ばれて人気を博している。

 狗娃は王の芸に関心を深めていくが、女の子の狗娃を王は近づけようとしない。ある夜、狗娃がこっそり仮面を眺めているとろうそくの火が燃え移って住処にしている小舟が全焼してしまう。狗娃はいたたまれずに姿を消す。

 彷徨っていた狗娃は人身売買業者に捕まる。連れ去られた先には泣いている幼い男の子がいた。男の子は天賜(Tianci)という名前以外は分からない。狗娃は隙を見て男の子と一緒に逃げ出す。

 失意の中過ごす王が出先から小舟に戻ると幼い男の子がいて驚く。天賜という名の男の子はお姉さんがここに送り届けてくれたと話す。王は狗娃の名前を叫んで探すが、その姿はなかった。

 

 (誘拐犯たちから逃げる道中、ご飯をたくさんたべさせてくれる優しいおじいちゃんのところに行くんだよと疲れ切って涙ぐみながら天賜に語りかける狗娃。自身のかなわない願い、かなえてならない思いが切ないです)

 

 天賜の親は懸賞金をかけて天賜を捜索していた。天賜と一緒にいた王は警察に連行されてしまう。狗娃は警察にいきさつを伝えて無実を訴えるが聞いてもらえず、頻発している他の誘拐事件の嫌疑もかけられた王は死刑判決を受ける。

 狗娃は梁素蘭に助けを求める。梁素蘭は贔屓筋の軍部の師団長に掛け合うが管轄違いで地方のことには関われないと言われて力になれなかった。

 

 (ろくに調べもせず他の罪もまとめて王に被せようとする役人がいる一方、こっそり王に会わせてくれる看守、梁素蘭に相談するようアドバイスする雑貨屋の主人など狗娃に手を差し延べてくれる人たちもいて…猿の「将軍」の演技も胸に迫ります)

 

 師団長が自身の誕生祝いの宴席で梁素蘭の芝居を堪能していたところ、頭上に突然狗娃が現れる。

 自らの足を縛って逆さまに吊るされた状態で、狗娃は王の冤罪を訴えて自分の命をかけると叫ぶ。子どもの茶番だとその場を去ろうとする師団長の前で、狗娃は「活観音」さらながら縄を斬って高所から落下する。

 すんでのところで狗娃を抱き止めた梁素蘭は師団長を説得をする。心を動かされた師団長は警察に働きかけて王は釈放される。

 命を救われて自由になった王は梁素蘭に会い経緯を知る。王が小舟に戻ると狗娃が待っていた。王は狗娃に自分を「おじいちゃん」と呼ぶよう言い、芸を伝えながら共に過ごしていくのだった。

 

キャスト

 變臉王…朱旭

 狗娃…周任瑩

 梁素蘭…趙志剛

 天賜…張瑞陽

 文小姐…陳莉

 人販子…賈兆冀

 奶媽…董健楠

 師長…唐高齋

 警察局長…高遇常

 雑貨店老板…田中禾

 李相…潘虹

 

 主演の朱旭 Zhu Xu(1930-2018)北京人民芸術劇院の舞台俳優。

 1995年に放送されたNHK中国中央電視台の共同制作ドラマ『大地の子』で日本では一躍有名になりました。

 原作は『白い巨塔』や『沈まぬ太陽』など社会性に富む長編小説で人気の直木賞作家・山崎豊子(1924-2013)の小説。満州に移り住んだ日本人家族が敗戦によって離れ離れになり、中国残留孤児となった男の子が主人公。朱旭は主人公を育てる中国人の養父を演じました。

 この映画にしてもこのドラマにしても、人情味溢れる演技がこの上なく素晴らしく惹きつけられます。自身に危険が及んでも巡り合った子を放っておけない、こういう役をやらせたらこのお方の右に出る人はいないのではないでしょうか。

 朱旭は舞台映画版『茶館』(1982年)にも出演しています。

 歌舞を主とする古典劇に対して話し言葉を重視する新劇「話劇」の名作《茶館》《雷雨》についても今後また改めてご紹介したいと思います。

 

www.nhk-ondemand.jp

 

名優・朱旭がうたう京劇《借東風》《春秋筆》

 小さいころから京劇を好んで嗜んでいたそうです。梅蘭芳(1894-1961)と多くの舞台を共にした琴師の姜鳳山(1923-2012)を師と仰ぎ、張君秋(1920-1997)と一緒に映っている若いころの写真も残っています。

 主演を務めた銭湯が舞台の中国映画「こころの湯(原題:洗澡)」(1999年)でもうたを披露している場面があります。馬派(馬連良)がお得意のようですね。

 2011年資料映像

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越劇《紅楼夢》 賈宝玉を演じる趙志剛

 川劇の女形「男旦」の梁素蘭を演じる趙志剛 Zhao Zhigang は上海越劇院の俳優。

 「老生」を学んだ後「小生」に転向、「越劇王子」と呼ばれています。

 「越劇 yue ju えつげき」は中国の地方劇のひとつ。中国南方で人気があり、発祥地の浙江省紹興にちなんで紹興劇ともいいます。女性の俳優が中心で、女性が男役をこなす優美で繊細な持ち味があります。

 こちらの映像は、本来の越劇の小生の趙志剛の演技です。

 越劇の南方特有のまったりとした曲調で京劇とかなり異なっているのがお分かりいただけるかと思います。

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舞台 川劇《変臉》

1999年10月11日19時30分

北京・人民劇場

慶祝中華人民共和国成立五十周年優秀劇目献礼演出

川劇「変臉」

四川省川劇院

人民劇場の立て看板とパンフレット
キャスト

 水上漂…任庭芳

 狗娃…楊韜

 梁素蘭…何洪慶

 天賜…李王小聖

 師長…徐寿年

 少奶奶…馮燕

 局長(代人販子)…藍光臨

 科長(代人販子)…陳明福

 

 主役の変臉王=水上漂の役は任庭芳 Ren Tingfang(1942-2022)。川劇のいわゆる人間国宝でもともとの行当(役柄)は「丑」、映画では芸術顧問に名前があります。

 あらすじは映画とほぼ同じですが、仮面が次々と変わっていく生の舞台ならではの演技が堪能できます。

 映画共々脚本は劇作家・魏明倫 Wei Minglun 。主に川劇の脚本を手掛けており「巴蜀鬼才」と呼ばれています。

 プッチーニのオペラ『トゥーランドット』を逆輸入した川劇《中国公主 杜蘭朶》も魏明倫の話題作。これについてはまた後日改めて。