中国京劇雑記帳

京劇 すごく面白い

簡単解説:京劇のはじまり

2024/02/24更新

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京劇とは

 「京劇」は「戯曲」(中国の伝統的な演劇)の中のひとつ。

 広大さゆえに地域によって風習や言葉が異なる中国は、地域ごとの色合いの違いが演劇に表れています。

 「京劇」は中国戯曲の最も代表的な演劇で、それ以外の地方の伝統演劇を「地方劇」と区別して言われるのが一般的です。

 

 

京劇のはじまり

 京劇は皇帝の住まう都・北京の演劇です。

 北京という呼称で首都になったのは明代から。京劇が形成されたのは満州族王朝の清代です。数ある伝統演劇の中でも遅い方ですが、あらゆる地方劇のいいところを取り出して最も醸成、洗練された演劇ともいえます。

 複雑な民族統治を見事にこなして国を安定、発展させた名君の乾隆帝はたいそう芝居が好きでした。

 当時交通の要所だった揚州は人と物の往来が盛んで娯楽が発達していました。乾隆帝が八十歳を迎える誕生祝いとして、塩を売買する商人たちが流行りの劇団を北京に連れてきたのが1790年のこと。この劇団というのが「徽班」(安徽省一帯の地方劇団)のひとつ「三慶班」という劇団です。

 当時の北京の舞台は昆劇や河北梆子などがありましたが、最新のエンターテイメントの登場はたちまち北京のひとびとを虜にし、その成功を聞いて他の地方からも劇団が続々とやって来ました。

 北京の観客にもっと受け入れられるために言葉も芸風も改良を加えて、異なる劇種、劇団同士で共演を重ねていき、京劇としての形が整えられていきました。

 徽班が北京に入った1790年を生命の誕生、それから1840年頃までを母親の胎内で育つ胎児、と京劇の成り立ちを人の誕生に喩えることもあります。

 全国的に「京劇」という呼称が定着したのは中華人民共和国成立後となります。

 徽班の一座が北京に入ったのを「徽班進京」と言って、その200年後にあたる1990年にはそれを記念して討論会や公演が催されました。

 

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