2023/11/05更新
平和を願う美しくも儚い春の夜の夢
程派の味わい深い演目
あらすじ
後漢末、結婚後すぐに徴兵された夫の帰りを待つ張氏。
夫の消息を訪ね歩き、疲れて果てて転寝をする。帰ってきた夫と幸せな生活を送るも再び戦いが始まり離れ離れに。夫を追う張氏の目には戦場の悲惨な光景が映る。
驚いて目を覚ました張氏はすべて夢であったことを知る。
ポイント
新婚の幸せな雰囲気がいっぱい、しかしそれが夢だけにはかない。
程(硯秋)派の幽玄な歌声と水袖の演技が実に美しい代表的な演目。
解説
張氏は戦争に行った夫の消息を近隣のひとたちに尋ねまわる。
劉氏は兵に取られた息子が戦死したとの知らせで悲しみに暮れていた。
次に訪ねた孫氏は戦地から逃げてきた夫から、張氏の夫は戦死したと聞いていた。しかし張氏に知らせるのは忍びなく、孫氏は知らないと答える。
張氏は不安な気持ちを抱いて家路につく。疲れを感じた張氏は休むことにする。
しばらくして張氏は夢の中へ入って行く。
笙の音色がその雰囲気を盛り上げていく。張氏は起き出して辺りをあてどなくさ迷い、夫の手をひいて再度登場する。
一年ぶりの再会を喜び、張氏は夫の身体を気遣っていろいろと尋ねて優雅な動きとともにうたう。
「どうして手紙をくれなかったの?ものすごく心配したのよ」
とすねる張氏。
「君だって僕に手紙を書いてくれたのかい?僕のせいばかりにするなんてひどいよ」
それもそうだわ、とにかく無事に帰ってきたのだもの、心ゆくまでお酒を飲みましょう、と張氏は召使にお酒を準備させる。
お酒を運んできた召使が「一緒にお休みになっては?」 と仕草で促すと、張氏は恥ずかしがりながら「何を言うのよ」と言わんばかりに水袖を投げ出す。
仕草のみのやりとりが反って際立ち、気持ちが伝わってきて思わず微笑んでしまうところ。
結婚して三日目、新婚のふたり。
「話はまた明日。さあ、一緒に休もう」という夫に張氏はうたう。ここの[南梆子]の節回しはききどころ。
鑑賞
↓南梆子のところから聴けます 張火丁と宋小川の共演推し
転寝をしている夫を起こし、褥に向かおうとするや否や、いきなり太鼓の音が鳴り響く。
「ああ、外で誰かがこの人を呼んでいる…あなた、あなた、待って!」
辺りは暗くなり、俄かに緊迫した雰囲気の中、二人はぐるぐると歩き回る。夫は張氏の言葉がまるで耳に入ってないかのように歩いて速度を速める。張氏は急いで後を行くがはぐれてしまう。
このぐるぐる歩き回るのは「圓場」という動き。移動しても上半身が動かない、まるで氷の上を滑っているよう。
最後に脚を捻って座り込むのは「軟屁股座子」という技。
張氏がゆっくりとうたいだす。
そこは戦場。ごろごろ転がっている死体と骨、広がる荒れ野、舞台の上に実際にあるわけはないが、うたと水袖の動きで恐れと悲しみなど心の動揺を美しく表現する。ここはみどころ。
再び太鼓の音が。夫が鎧を着て兵士たちとともに登場。再び張氏はそれを追っていくが、振り払われる。このとき飛び上がって足を捻って着地とともに座り込む「屁股座子」。暗転。
再び明るくなる。張氏は椅子に座っている。召使に起こされる。あれは夢だった…。今日も明日も夫を待ち続ける。
データ
四大名旦のひとり、程硯秋は軍閥の争いが激しい最中の1931年に当時劇団に加わった小生の名優・兪振飛とともにこの芝居を創作。兪振飛は小生がメインである昆曲出身であることから昆曲の優美な部分が大いに取り入れられている。
1956年には湖北省戯曲匯演一等賞を獲得。また、1959年3月9日に北京で行われた程硯秋一周忌の記念公演で、兪振飛と李薔華が演じている。