中国京劇雑記帳

京劇 すごく面白い

コラム 革命現代京劇「様板戯」談議

2024/04/27更新 2002/10/10初出

 

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智取威虎山 突撃シーン

 

 古本屋で手にとった本が面白そうだったので買おうとレジにいると、四十代くらいの書店のおじさんがその本を見て「お!」と驚いて、うれしそうにうたいだしました。

 その本とは『革命現代京劇《智取威虎山》』。

 脚本と舞台設定、人物設定、服装と事細かに書かれた真っ赤な装丁の本です。

 

 

 京劇というと外国人はたいて才子佳人が舞台を彩る伝統劇の方を思い浮かべると思います。

 京劇は演劇、時代と文化を映す鏡です。京劇には現代を題材に取った現代京劇という分野があります。

 舞台は写実的な背景やセットで、オーケストラピットには従来の楽隊とともに西洋楽器のオーケストラがすっぽり入って指揮者もいます。

 「革命現代京劇」というと嵐の如く吹き荒れた文化大革命の代名詞のような印象を受けます。

 現代を題材に取った京劇は文化大革命になってからできたわけではなく、中華人民共和国成立間もない戯曲改革の頃には作られていました。

 文字が読めない人も多い当時、イデオロギーを広く伝えるツールとしての役割を持っていた京劇ですが、極左方向へ急速に傾く政局と共にその変貌を余儀なくされました。

 伝統劇の上演を禁止し、革命現代京劇だけをプロパガンダとして上演したのが文化大革命の時期です。

 このときの中国の人口約八億人に対して芝居がたった八つだけ、「八億人に八つの芝居」と言われました。

 1966年、模範劇として指定された芝居は京劇が五演目、バレエが二演目、あとひとつが交響音楽でした。

 その後もこの種類の芝居が盛んに作られましたが、すべてがこの路線となると正直なところ、娯楽としてマンネリ化は否めません。

 「文革の十年」が終わると、伝統劇は復活しました。

 

 

 文化大革命は多くの優秀な人材が断罪され、経済も教育も麻痺状態に陥った時代でもあります。

 民衆にとって革命現代京劇はネガティブにとらわれているかというと、一般的にはそうではありません。

 「あれは京劇じゃない」という年配の方もいますが、幼い頃からそれを聴いて育ってきた、まさに本を見てうたいだした書店のおじさんのような世代にとっては懐かしさを持って受け入れられています。

 学芸会では学年ごと毎年ローテーションで演じていたから全部ソラでうたえるという人も珍しくありませんし、憧れのアイドルの髪型や服装を真似るように劇中のヒロインの髪型や服装を真似るなんてこともあったそうです。

 題材が共産党の精神を鼓舞するものが多いこともあるからでしょう。現在でも、共産党に関する記念的な日に開かれる演唱会でも盛んにうたわれています。

 現代に題材をとった京劇の新作は今も作られています。

 劇場などで公演の予告を見ると、伝統劇と区別して演目の前に「現代京劇」とついています。

 もちろん文革当時の芝居も上演されていますが、ここ最近ふと気が付いた小さい変化があります。

 予告の看板などを見ると、「革命現代京劇」の「革命」がとれているのです。

 二、三年前はパンフレットを見ても確かに「革命現代京劇」と表記してあったのですが、今はどこの京劇院の公演も「現代京劇」となっています。

 例えば《紅灯記》なら「現代京劇《紅灯記》」となっているのです。

 ちょっとしたことなのですが、実に面白い変化だと思いました。

 

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